もしもストーリー｜リアクション

もしもストーリー

　朝食を終えた三夜暗は黒いコートを羽織って玄関に向かう。家族の者が声を掛けると、自身の眉間に中指を当ててニヤリと笑った。
「晴天が俺の心をざわつかせる」
　家族の者は納得して、いってらっしゃい、と笑顔で送り出した。
　暗は靴を履くと、さらばだ、とコートをはためかせて外に飛び出していった。

　古い町並みはいつもと変わらない。道端で立ち話をしている年配者をちらほらと見かけた。
　繰り返される日常の中、暗は道の際を選んで歩いた。
　――一方の壁が俺の身を守ってくれる。あとは三方の警戒を怠らなければ敵から不意打ちを食らうことはない。
　前方と横手に目をやり、不意に立ち止まって後ろを振り返る。目に付くような人物はいなかった。
「敵ながら天晴だ」
　口角の一方を吊り上げて笑う。
　暗は緩急を付けて歩いた。見えない相手に揺さぶりを掛けているようだった。
　変則的な歩き方は肉体を疲れさせるのか。間もなく電信柱の陰に身を寄せた。緩く波打つ前髪を手で掻き上げながら顔を空に向ける。白い電信柱は塔のように聳えていた。
　――アイス塔みたいだ。
　瞬きをした、その刹那に電信柱はアイスと氷の構造物、アイス塔に取って代わられた。
　暗は身構えて周囲に視線を飛ばす。城とわかる作りに暗は小さく頷いた。右腕を払うように動かすと漆黒のマントが派手な音を立てた。
「ふ、そうか。そういうことか。俺は再び招聘されたのか。この世界に！　神と魔王を超越した存在として！」
　暗は声を上げて笑った。高笑いは天を衝く勢いで発せられ、途中で大きく咳き込んだ。
「ふ、この程度のことで俺を退けることはできない。今度こそ、俺は高貴なる真の姿（ドラキュラ）で絶対存在として君臨するのだ」
　目尻の涙を指で拭うと、暗はアイス塔の頂上を指差した。
「姫（雪女）よ、待っているがいい。俺が間違った時間軸を正して見せよう」
　吹き抜けの螺旋階段に暗は一歩を印した。力強く登っていく。中程で一度、足を滑らせた。前に倒れただけで滑落の危機は免れた。
「今回の俺は前回とは違う。運命に愛されているのだ。この世は俺の君臨を渇望している！」
　拳を固めて力説する。瞬間、口元に柔らかい笑みを浮かべて慎重に階段を登っていった。
　天を近くに感じる。横から吹き付ける風が強い。やや膝を曲げて歩いた。
　遂に頂上に到達した。そこには一人の人物がいた。長くて白い髪が白銀のドレスに蛇のように巻き付いている。涼やかな青い瞳は何かを訴えているようだった。
　暗は一目で理解した。駆け寄って滑り込むように片膝を突いた。
「さあ、姫よ。貴女の想い人が再び苛烈な試練を受けて馳せ参じました。どうか、受け容れて下さい！」
　姫は涼しげな笑みで頭上に巨大な氷の塊を作り出す。暗の表情が俄かに曇る。
「そのような物を何に――」
　用途を聞く必要はなかった。氷の塊は突然の加速で暗を直撃。易々と塔から弾き飛ばされた。

「な、なぜなんだあああ」
　暗の叫び声に周囲の人々が早足で離れる。見上げた先には電信柱があった。
「……俺は、戻されたのか？」
　驚いたのは束の間で自信に満ちた表情を浮かべる。
　――この試練、俺は受けて立つ。いつかこの腕に姫を抱き締めてやるのだ。
　コートの裾をマントのように翻し、暗は堂々とした態度で歩き出した。

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