もしもストーリー｜リアクション

もしもストーリー

　閑散とした寝子ヶ浜海岸に入江みつびは来ていた。午前は良い波に恵まれた。新調したウェットスーツに身を包み、相棒のサーフボードで幾つもの波を攻略した。次々とトリックを決めたあと、午後の為に砂浜で英気を養っている。
「ケガも治ったし、ウェットスーツも良い感じだね～♪」
　アップにした髪の先端を手で軽く絞って立ち上がる。相棒のサーフボードを連れて波際まで走っていった。
「もしかして凪いでる？」
　見渡す限り、どこにも波は見えない。青い鉄板のような光景が広がっていた。
　みつびは苛立ちを隠さず、海に向かって叫んだ。
「波さん、おーい仕事しろー」
　切なる願いは沈黙で返された。サーフボードを砂浜に突き刺してみつびは腰に両手を当てた。
　――こんな時、私の守護霊さんがいたらなー。
　想いが通じたのか。突如、海の一部に泡が発生した。激しさを増して海面が盛り上がる。
「わわわ、なに？　なんで盛り上がって――」
　雄叫びを上げるような勢いで頭部が飛び出した。長い首はうねり、巨大な緑色の体躯を現した。
「ネッシーだー、久しぶりー」
　降ろしてきた顔にみつびは抱き付いた。
『そんなに久しぶりではないよ』
　頭の中に声が聞こえてきた。
「え、そうだっけ？」
『この間もぼくを呼んだよね』
「あ、そっか。私のろっこんは守護霊を呼べる能力なんだよね」
　照れ笑いのみつびに守護霊は天を仰いだ。
　――なんでこんな大事なことを忘れてたんだろ？
　黙り込むみつびに守護霊は心配そうに顔を近づける。
『もしかしてぼくを呼んでいなかった？』
「ううん、そんなことないよ。会えて嬉しいよ、ネッシー」
　守護霊の鼻の上に軽く唇を当てた。
『それでどうしたの？』
「サーフィンの途中で急に波がなくなっちゃってさー」
　守護霊は長い首を伸ばし、周辺を見渡した。
『今日は穏やかな海だね』
「そー、凪すぎてなぎなぎの渚のヘッドバットだよ。頭が痛い状態だね」
『ぼくはどうしたらいいのかな』
　問い掛けられたみつびは考えるような表情で相棒のサーフボードに目をやる。
「今日はもういいや。ネッシーと海中デートにしよっか」
『ぼくが海の名所を案内するよ』
　守護霊は横を向いて少し海中に沈んだ。みつびは飛沫を上げて駆け寄り、背中に飛び乗る。海の彼方を指差して声を張り上げた。
「竜宮城へ向けてー出発ー」
　その号令と共に守護霊は海中へと没した。直後にみつびが慌てて海面に顔を出し、軽く咳き込んだ。
「海中では息ができないよ」
　遅れて守護霊が浮かんできた。
『人間だからね。ぼくもなんかおかしいとは思ったんだよ』
「思ったんなら先に教えてよー」
　みつびは泣き笑いの表情となった。
　――朝食にかまぼこを食べてきたから、海中でも自由に呼吸ができると思ったんだけど、違ってたみたい。ネッシーを呼べるろっこんはいいんだけど、なんか失う感がはんぱないなー。
　そこで思考を切り替える。途端に笑顔となってサーフボードを手に取った。
「海の中が無理なら、今度は上だよね♪　ネッシー、私のために良い波を起こしてよ。とってもクールなのをお願いね」
　ウインクをして海に乗り出した。守護霊は速やかに海中へと潜る。
　みつびが向かう先の海面が隆起して守護霊が飛び出した。宙で半円を描いて背中から落ちた。巨大な身体に見合った波を即興で作り出す。
「おおー、キラーウェーブー♪」
　みつびはサーフボードと共に波に呑まれた。
「も一回、も一回」
　浮上したみつびの催促で二度目の波が起こる。きゃー、という喜びの声を上げて巻き込まれた。

　みつびは砂浜に立っていた。傍らには相棒のサーフボードがあった。海は凪いでいて波頭は見えない。
「ありがと、なんとなくわかってたんだ」
　少し潤む目でみつびは海に語り掛ける。
　――あなたといられるのは僅かな時間だけだって。
「また、会えるよね」
　青い海原に向かってにこりと笑って見せた。

このページにイラストを設定する