寝子島、アクアアルタの夜｜リアクション

寝子島、アクアアルタの夜

● エピローグ

「今宵この時間を共にしてくれた皆に心より感謝を」
　カンツォーネの余韻に包まれる海上に、シグレの声が響き渡った。
　彼の優雅な一礼に、今宵最大の喝采が巻き起こる。
　その後、海からゴンドラの灯りが一つ、また一つと消えた。

　時同じくして、人間たちは猫の集会を辞すことにした。
「また今度会おうね」
　ひらひらと手を振って、城山水樹は街の方へと歩いてゆく。
　実家の古本屋の前まで来たとき、スマホがメールの着信を告げた。彼からだ。
　――『今度、休みが取れたので札幌へ遊びに来ないか』
　水樹は軽くスケジュールを確認した。問題ない。指先が返事を打つ。
　――『ＯＫ。行くね！　会えるのが楽しみよ』

◇

　大天使天吏は、猫の集会を辞したのち、水が引き始めた海の方へと足を向けた。
　何をしようと思ったわけでもない。ただの気まぐれだ。

　近頃天吏は、以前のように感情を表に出さずに意思疎通を行わない、という行動をやめてみている。笑うなどの表情を作ってみたり、まわりと会話をするようになってみたり。この行動の変化は、天吏にとってどこか実験に近い。こちらのアプローチによって返ってくる相手の反応を、ある意味学習中なのだ。それが、自分の目的にとって必要なことではないかと現在の天吏は考えている。

（私は変化している……それとも変化したふりをしている……？）

　足元でにゃあと、か弱い鳴き声がした。
　見れば、真っ黒な仔猫が一匹、浅くなった水の中でもがいている。
　水遊びしようとしてじゃれていたら溺れたというところだろうか。
「……」
　天吏は黙って、仔猫の首根っこを持ち上げた。
　ぐっしょりと濡れて毛が張り付き、まさに濡れ雑巾といった貧相さだった。
　鳴き声もなくなってしまったので、天吏はワンピースの裾で仔猫の体を拭いてみた。
「……なぁ」
　仔猫は鳴き声を取り戻し、ビー玉みたいな青の瞳で天吏を見つめた。
「気まぐれよ」
　と天吏は言った。
　それから濡れていない地面に仔猫を下した。
　仔猫はよろよろと天吏のあとをついて来ようとする。
　天吏はもう一度だけ「気まぐれよ」というと、振り返らずに歩き出した。

◇

　その夜、恵御納夏朝は季節外れの七夕が終わる前に、ねこったーに心からの書き込みをした。

　　『たった一日の奇跡でも……笹の葉も短冊もなくても
　　　　　　　　　どうか、皆の願いを聞き届けてもらえますように　＃季節外れの七夕』

＜了＞

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あとがき

担当マスター：笈地行
ファンレターはマスターページから！

ご参加ありがとうございました、笈地です。
このシナリオは素敵なアクションをたくさんいただきました。
思いがけず水上演奏会を催していただいたのも嬉しかったですし、
思いがけずお三夜様があんな姿にも……！

アクアアルタってロマンですよねー。
いつかヴェネツィアに行って、ゴンドラに乗って、カンツォーネを聴いてみたいものです。

それではみなさまありがとうございました！
またのシナリオでお会いしましょう。

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