積もるハナシをしましょうか｜リアクション

積もるハナシをしましょうか

　真境名アリサは二年前、故郷の沖縄の高校を卒業し、無事に就職を果たした。
　この時代に早速落ち着けた事を周囲の皆は祝福してくれたが、運悪く就職先は碌でもない『ブラック企業』だった。
　困った事に流行語から根付いた感のあるこの言葉、言うは易しだが、実際に体験したアリサが感じたのは『生命の危機』である。
　——このままでは自分は殺される。
　そう気付いて逃げるように退職し、紆余曲折を経て現在の職場——木天蓼市内にある水着ガールズバーに辿り着いた。
　性に合っているのか、今までのところ長続きしているし、寝子島での生活も慣れて順調な日々。
　正月には沖縄本島に住む母と祖父母とも、二年ぶりに帰省して再会を果たしている。そんな時に父がやってくる事になった。

「こっちこっち！」と手を振る娘を見つけて、イーサン・ブレナンは筋肉質な腕を上げて笑顔になった。
　イーサンは元空軍技術将校で、現在はシアトルにある航空機メーカーでアビオニクスと言う航空電子機器の開発に従事している。
　基地を離れた今も年に数度、仕事で来日してはいるが、アリサの帰省とはタイミングが合わず、会うのは実に彼女が高校三年生のぶりだった。
「——あの時はバケーションで、シアトルだったな」
「懐かしいわ。……最近仕事は順調？」
　質問に答えようとしたイーサンは、一瞬どもってしまった。米語的な言い回しの問題だ。
　いつものように「君の方は？」と聞きそうになって、アリサの仕事を思い出してハッとしたのだ。
　旧市街や神社を案内してくれる間中の会話で、アリサは自分の職業を隠しているようだった。
　だがイーサンは知っている。
　ネット中に『偶然』、アリサの勤め先のサイトを見つけていたのだ。
　サイト内に並ぶセクシーな美女の中に娘の艶姿を発見した時の気持ちと言ったらない。否定肯定は兎も角、「なぜ見つけたの？」と聞かれた時に自分のむっつりスケベがバレるのを恐れ、イーサンもそれについては触れなかったのだ。

　それから。昼食は参道商店街の店で済ませ、シーサイドタウンや星ヶ丘も回った。
「——ここがお気に入りの場所なの」
　最後にアリサが案内してくれたのは、寝子ヶ浜海岸だった。
「沖縄の海とは違うけど、ここで過ごしていると何だか落ち着くんだよね」
　父と子は落ちていく夕陽を並んで眺め、離れていた距離を縮めていった。
「今日は招いてくれて有難う」
　肩を抱かれた時に懐かしい父の匂いがして、アリサは安心しながら瞼を閉じ、潮騒に耳を傾けた。
「ここがあたしの住む寝子島。そして今のあたし」

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