積もるハナシをしましょうか｜リアクション

積もるハナシをしましょうか

　シーサイドタウン駅付近のとあるカフェで、浅沼柳司は待ち合わせをしていた。
　カウンターの背の高い椅子に浅く腰掛けているものの、気分的には丸まって蓋を閉めて貰いたい。
（急に連絡、何でまた……仕方ないから会うけどさ……）
　空になったカップを指先で弄び、考えているのは姉のことだ。
　柳司は大阪のとある空手道場の一家の末の生まれで、他に長男、長女の三人兄弟だ。
　姉浅沼優は東京の大学に通う学生で、端的に美人で、天才肌であらゆる事を器用にこなし、社交性でも優れた——所謂『何でも出来る人』だった。
　ところが家族のよしみからか、単純に構いたいのか。柳司には折々悪戯心を覗かせる。
（『優』のあの字は『優しい』じゃなくて、優秀の優や）
　何をやっても勝てなかった経験から、弟は姉に苦手意識を持っていた。
　

「……何しにきたんや」
　迷惑そうに、悪態と言って良い挨拶だったのに、優は柳司を前にして心底愉しそうだ。
　のせられるな、のせられるな。そう警戒しても、いつの間にか方向指示看板に従って曲がり角を曲がるように、会話は姉のペースに持ち込まれている。
「付き合ってる人おんの？　好きな人は？」
　矢継ぎ早の質問の回答を誤魔化すのにも失敗し、柳司の片思いは姉の脳内メモにしっかり刻まれてしまった。
「全くアンタって子は——、ネットかテレビか何に影響されたか知らんけど」
　優は柳司のだらしなく開いた襟元を掴んだ。柳司の首が絞まって漏らされた「ぐぇっ」と言う呻き声は拾った癖、何も聞こえませんでしたとばかりにキビキビ整えて服の上から胸をばしんと平手打ちする。
「本当にモテるんは清潔な男！」
　そこからは怒涛の恋愛指南だ。
（あかん、姉ちゃん人の片思いを面白がってやがる……）
　いくら立場の弱い弟でも、ただやられっぱなしのままではない。柳司は意趣返しを試みた。
「そういう姉ちゃんはどうやねん？　付き合ってる人おんの？」
「うん、おるよ？」
「……お、おう」
「どんな人か聞きたい？」
　こざっぱりした美貌にニコニコ笑顔を浮かべて、優は前のめりに弟の顔を覗き込んでくる。
（……そんな話聞きたないわ）
　

　こんな会話が続いて暫く——。
　ひとしきり柳司をからかって満足したのか、姉は最後の一口を飲んではあっと息を吐き、そろそろとか帰ろうとか合図の言葉は一切抜きに、さっと荷物をまとめて席を立った。
「ちゃんと勉強しいや。お父さん心配しとったで？」
　ヒラヒラと手を振って、挨拶をする店員たちに「ご馳走様でした」と微笑み、颯爽と店を出て行った。
　いつまで経っても、弟は姉には勝てそうにない。

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