モノローグの空｜リアクション

モノローグの空

【御剣刀の場合】

　夕焼けのオレンジが目に痛くて、つい視線をそらした。こういうところも、未熟な証拠なのかもしれないな。
　木刀を握り直して、
「……ふッ！」
　上段から、息を吐くと同時に振り下ろす。剣先が少しだけ、頭に思い描いた軌跡からズレた。もう一度構えて、振り下ろす。うん、今度はぴったり。悪くない。
　次は腰だめに構えて、
「は……ッ」
　横に振り抜く。む、軸足が少しふらついた。まだまだ鍛え方が足りないな。もう一度構えて、少し腰を落として振ってみたら、いくらか安定した。
　夕方の寝子島神社は閑散としていて、俺以外に人気は無い。聞こえてくる音といったら、風に枝やら葉っぱが擦れる音と、じゃり、と俺が土や石畳を踏みしめる音。風を切って木刀を振り下ろす音と、俺自身の呼気。そのくらいだ。本当に集中している時には、そんなものすら頭の中から追いやられて何も聞こえなくなるから、今は、何だな。少し気が散ってるかもしれない。
「ふんッ」
　左足を踏み込んで、石畳三枚分くらいを一気に飛び越えて、渾身の突きで、ひらりとそこへ落ちてきた葉を狙う。う、ハズした。剣先が下がりすぎだ。もう一度、次はあの葉だ、いくぞ…………ダメか。さすがに的が小さいな。だが、ピンポイントで狙った場所を突けなきゃ意味が無い。
　もう一度踏み込んで、突く。ダメなら何度でも突く。小さな落ち葉一枚目がけて、何度でも。

　正直、気の遠くなる作業だとは思う。
　技のひとつひとつ、その動作を一から見直して、思い描く理想のモーションへ修正していく……修正するたび少しずつ、少しずつ、そこへと近づいていく。毎日それを繰り返しているうち少しずつ、いつかはたどりつけると信じて。
「ふッ……はッ」
　ひたすらに地味で、果てしなく遠い作業の連なりだ。毎日そんなことをしていたら、時々、ふらっとくじけそうになることもある。はっきり言って俺は未熟だ、そういうこともある。
　思うんだ。そんな時に、もし俺が、独りぼっちだったら……本当に、くじけてるんだろうな。そうじゃないからこそ、今日もまた俺はここで、こうしていられる。
　落神とか、ろっこんとか神魂とか。そんなのが起こす事件に、何度関わったか分からない。そのたび何度、剣を振るってきたかも。そんな風に実戦を経験しているからこそ、己の未熟が見えてくる。それに……痛いくらいに、自分がひとりじゃないってことも。
　毎日一緒に練習して、そのたび弁当を作ってきてくれるあいつや、一歩引いて、優しい笑顔で俺を見守ってくれているあいつや……たくさんの友だち。この島で出来た、数えきれないほどの知り合いたち。
　その顔のひとつひとつを思い出したら、何だか、力が湧いてくる気がする。守らなきゃ、この人たちのフツウを……本当に心の底から、そう思えるんだ。だから俺は、こうして何度だって、剣を振るんだ。
　守るべき人たちに、俺は支えられてここにいる。だから、剣を振るっていられるんだ。

「ああ……そうだよな。お前も側にいてくれるからな」
　ちょこん、と社殿の縁に座っているルヴィアに、笑ってそう言った。
　もちろん、ルヴィアは何も言わない。神魂があの時そうさせたように、俺へ言葉を返してはくれない。
　だが、俺は信じている。確信している。ルヴィアには聞こえていると。俺の言葉が届いていると。
「よし、練習終わり。じゃ、散歩してから帰るか。な、ルヴィア」
　時々、少し……不安になることもあるが。ルヴィアは俺といて、辛くはないだろうか？　あの時を思い出して、悲しくはならないだろうか？
「…………いつか、また……」
　思わず、言葉が漏れた。いつも願っていることだ。
　いつかまた、聞かせてほしい。お前の声を。お前の気持ちを。あの時のように。それまで俺は何度だって、笑いかけるだろう。話しかけるだろう。
　お前だって、俺を支えてくれている、大切なひとりに違いないんだから。
　な。ルヴィア。

このページにイラストを設定する