黄色のファレノプシス｜リアクション

黄色のファレノプシス

（ものは試しだよな）

　鴻上彰尋がその日あまり袖を通していなかった黄色のチェックシャツにダウンベストというコーディネイトで外出したのは、噂が本当なのか確かめたいというささやかな好奇心からであった。
　普段と違うコーディネイトはちょっと勇気がいるものの、いざ着てみるとなかなか新鮮で良い気分で。

（黄色って明るい色だし、身に着けると気分も良くなって幸せに感じるとかそんな効果かな？）

　そんな考察をしながら足取りも軽く、シーサイドタウンの駅前の方へと足を運ぶ。
　折角外出したのだから弟や妹、家族にも何か、そう、自分と同じような晴れやかな気分になれるよう黄色いものを買っていこうかと思いついたのだ。
　そうして彰尋は駅ビルの中に入っている店をあてもなく眺めて歩いていたのだが、その最中になんだか後ろから視線を注がれているような気がしてきた。

（……もしかして、変かな。この格好）

　普段しない格好故におかしくないという自信はない。
　少々不安に駆られながら店にある鏡で改めて全身を映してみる。
　黄色は目を惹く色だが、自分のシャツの黄色はそこまで彩度が高いわけでもないし、アイテム自体はオーソドックスな組み合わせで奇抜というわけではない。
　人に凝視されるような恰好はしていないと再認識した時、鏡に立つ自分の後ろにある顔に気づいて目を見開く。

「あっ、あおいさん！？」
「あ、やっぱり彰尋くんだった！　よかったー、後ろ姿が彰尋くんっぽいなと思って声かけるタイミング探してて」

　驚きを隠せないまま後ろを振り返ると、赤いダッフルコート姿の七夜あおいは安堵したような笑顔を浮かべていた。

「ええと、あおいさんは買い物？」
「うん、学校に必要なものとか、色々ね」

　自然と二人並んで歩く流れになり、他愛もないお喋りに花を咲かせる。

「彰尋くんは何を買いに来たの？」
「弟か妹に何か黄色いものをと思って」
「黄色いもの？」

　あおいが大きな目を瞬かせ不思議そうに小首を傾げる。

「最近噂になってるだろ？　黄色いものが幸運を呼ぶって」
「ああ、学校でも黄色いもの持ってる人多いもんね、最近。そういえば彰尋くんも今日黄色い服だね」
「うん、俺も噂にあやかってみようと思ってさ。実際良いことあったし、あおいさんも何か買うなら黄色いものを選んでみたらどう？」

　彰尋は密かに想いを寄せる少女に自分と同様に小さな幸せが訪れることを期待してさりげなく提案してみる。

「わぁ、いいなぁ。それじゃあ私も何か黄色いもの買ってみようっと。そういえば彰尋くんはどんなラッキーなことがあったの？」
「それは……」

　あおいが興味津々といった顔で彰尋を見上げてくる。
　その愛らしい表情と仕草にはつい何でも答えたくなってしまうほどの魅力がある。
　しかしその答えは彰尋には照れくさくて口にはできない。
　だから。

「秘密」

　彰尋はくすりと小さく笑って口の前に人差し指を立てる。

「口にしたら折角掴まえた幸福が逃げてしまいそうだからね」

　想い人の隣を歩いて、楽しげな顔を見て、言葉を交わす。

（自分には十分すぎる幸せだな……）

　寄せる想いはそっと胸に秘め、彰尋はしばし幸せな時間を享受したのだった。

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