猫が降る日｜リアクション

猫が降る日

　夏神零は忙しかった。
　年明けからずっと忙しかったが、ここ最近も疲れが取れず、眠気が襲ってくる。
　華やかな巫女服は零の好みだし、神社という場所柄にとても良く似合っているのだが、眠い。
　特に今日のように良く晴れた日には、縁側で眠ってしまうのも仕方が無いことではないだろうか？
　身体を横たえると、磨き上げられた神社の木の床は日の光でほんのりとぬくもりを帯びていて、気持ちいい。
　どのぐらい、そうしていただろう？
　いつの間にか夢の世界へと旅立っていた零の意識を、何かが揺り起こした。
　顔面に何かが落下し、直後のもふっとのしかかる痛みは、意味不明。

「え……世界が……黒いでござる……？」

　赤い瞳を見開いても何も見えなかった。
　一面に広がる漆黒――いや、毛並み？
　黒い毛並みだ。
　顔面に乗っかったまま動かないそれを恐る恐る両手で掴み、零は慌てて起き上がる。

「ね……黒猫か……また師匠の悪戯でござるか？」

　師匠のろっこんなら、黒猫に変われるのだ。
　転寝している零を見つけて、ふざけてもおかしくない。

「起こしてくれたのでござるか？　じゃが、わざわざ顔に飛びつかなくても……おふっ」

　ぽふん♪

　零の頭の上に、再び何かが落下してきた。
　この温もりと、顔の前に伸びてきている前足からして、再び黒猫に間違いない。

「師匠？　こっちの師匠とあっちの師匠で、師匠がいっぱいでござるか？」

　そんなわけが無い。
　零の頭部に震えながらしがみ付く黒猫に、寝ぼけ眼がしゃっきりとしてくる。
　いま手に抱いている黒猫も師匠ではない。
　では一体猫は何で？
　
「う……上から？！」

　困惑している零を尻目に、黒猫がまたしても降ってくる。
　幸い、零の足の上に落ちてきたので無傷だが。

「猫の居る街や島は良く聞くが……猫が降る街とか……」

　ありえないといいたいところだけれど、黒い子猫が降ってきたので慌ててキャッチ。
　
「これはまずいな……何枚か布団でも敷地に敷いてクッション代わりにするか」

　頭にまだしがみ付いている黒猫をなだめながら足元に下ろし、零は神社においてある布団を境内に並べる。
　汚れるのであとで師匠に叱られそうだが、致し方なし。
　次々と布団の上に落ちてくる黒猫達が、おろおろと慌てながら鳴いている。

「ふむ、餌でも用意してやるかの」

　もともと猫が来る神社なので、煮干類は予備がある。
　袋をかさかさと開けながら零が戻ってくると、布団の上で鳴いていた黒猫達が一斉に零をみた。

「う……うへ……何だか嫌な予感がするのう」

　ぎらんっと目を光らせた黒猫達が、一斉に零に飛び掛る！

「ひっ、ちょっ、まつのじゃっ、冷静に……ぶっ！」

　全力で黒猫の突撃を避けた零だが、全てよけるのは無理だった。
　大量の黒猫にのしかかられ、そのまま玩具にされる零。

「猫の異変ではいつも傷だらけでござるな……。ぐお……髪の毛は相変わらず猫じゃらしか……。これはかなわぬ……」

　煮干を奪う黒猫と、零の長い髪で猫じゃらしよろしくじゃれる黒猫。
　沢山の黒猫に翻弄される零だった。