猫が降る日｜リアクション

猫が降る日

　朝鳥さゆるの朝は、珍しく心地よかった。
　睡眠薬の量が少なめだったのか、程よい睡眠を得られたように思う。
　ベットから起き上がり窓の外を見上げれば、抜けるように素晴らしい冬の青空。
　いつもうっすらと薄靄のかかったようなさゆるの気持ちさえも青く染まりそうな美しさだ。
　
　大量にある服をクローゼットの中から適当に選び、羽織ってみる。
　家には着替えぐらいしか戻らないが、服は多く買ってある。　
　両親が残してくれた遺産は、まだ未成年のさゆるが一生遊んで暮らせるほどに潤沢だから、切り詰めた生活を送る必要が無い。
　だからといって、豪遊する必要性もないけれど。

　ぼんやりと、町を歩く。
　適当にふらついて、適当に休んで。
　公園のベンチに腰掛けたのは日課ではなく、ただの偶然だ。
　天気が良かったからかもしれない。
　理由はないのかもしれない。

　猫の鳴き声がするのを、ぼんやりと聞いていた。
　この島は寝子島だ。
　猫島といわれるほどに猫が多い。
　そんな島に住んでいれば、常日頃猫の声と共に暮らしているのと一緒だ。
　気にする事ではない。
　けれどさゆるは、ふと、気になった。
　普段は気になる事などないその鳴き声は、妙に無視できない。
　
　俯いていた顔を、ふと見上げる。
　なぜなら、鳴き声は真上からしたのだから。
　ありえない方角、ありえない現実。
　
　軽く眉をしかめる。
　猫が、空から降ってきている。
　さゆるの内心は、正直心臓が物凄い勢いで鼓動を打つほどに驚いていた。
　けれどあまり表情に出ず、茶色い瞳が落ちてくる猫をじっと捕らえる。
　幸い、といえるのだろうか？
　落ちてくる猫は、ふわり、ふわりと揺りかごに揺られるかのようにゆっくりと落ちてくる。

　とはいえ、地上から軽く十メートルは高度から落ちてきているのだ。
　そのまま地面に叩きつけられた場合、怪我が心配だ。
　さゆるは驚く気持ちを抑え、冷静に落下地点に移動する。
　猫の模様がはっきりと見え、さゆるは空を受け入れるかのように、猫に向かって両手を差し出す。
　青空を抱きかかえるように、猫を抱き止める。

「……大丈夫？」

　腕の中の猫に、語りかける。
　昼間だというのに、猫の瞳孔はまん丸に開いている。
　急にあんな上空にいたのだ。
　さゆる以上に、とうの猫は驚きと恐怖に染まった事だろう。
　腕の中でおとなしいのは、あまりの出来事で固まっているせいだ。
　少しでも安心できるように、さゆるは優しく、何度も何度も猫の背をさする。
　猫の硬く丸まっていた尻尾が、やっと緩まり、強張っていた身体にやわらかさが戻ってくる。
　
「……行く？」

　地面にそっと、降ろしてみる。
　歩けるだろうか？
　様子を見守るさゆるに、猫はまるでお礼を言うかのようにぺこりと頭を下げて去ってゆく。

　その日。
　さゆるが助けた猫は合計五匹。
　そのうちの一匹は、いま、さゆるが受け止めたコートの中で熟睡している。
　まだまだ小さな子猫だ。
　大分日も落ちてきて、空気が冷え込んでくる。

　家には、あまり帰りたくない。
　けれど、腕の中の子猫には、温もりが必要だろう。
　さゆるは、子猫用のミルクを買って、腕の中で眠る子猫と共に帰路に着いた。

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