プロムナードの夜｜リアクション

プロムナードの夜

「キャー、夕顔ちゃぁん♪」
　木野星太郎は両腕を広げて迎えた。
　夕顔がやってきたのである。
「ごめんなさい、星太郎さん。少し待たせたかしら？」
「ううん、ちっとも……って言いたいところだけど、なんかあったの？」
「私についていてくれた体験入店の子が疲れたみたいなんで、下がってもらうよう支配人に説明していたんです」
「あらそうなの？　残念」
「星太郎さんにも紹介したかったのだけど」
　彼女の言う『体験入店の子』というのは、もちろん瑠住こと豊田華露蘿である。
　夕顔から簡単に事情を聞き、星太郎はうなずいて、
「災難だったわねぇ、その子も」
「でも、タフなようなのですぐ立ち直ると思いますよ。また体験入店で来てくれたら……嬉しいな」
「その子のこと、買ってるの？」
「ええ、期待していいと思いました」
　と言いながらすでに、夕顔は彼の分のドリンクを作り終えていた。ドライ・ジンとベルモットを合わせた即席のマティーニ、星太郎の好物だ。
　半分ほど呑んで「くあーっ」と幸せな息を吐き、星太郎は言った。
「あー、夕顔ちゃんなら愚痴話せそうだわー」
「ふふ、どうぞどうぞ」
　夕顔も自分用のマティーニを口に運んでいる。
「ねぇ聞いてよぉ、アタシの姪の話！　この間もウチの店に髪を切りに来て、カット中モグモグモグモグずーっと鈴カステラ食べてんのよ！」
　星太郎は子リスみたいに、ぷくーっと頬を膨らませていた。
「あったま来ちゃう！　店が汚れるからやめてって言ってるのにゼッタイ直さないんだからぁ！」
　あんな、九鬼姫を相手にしていたときと比べると、明らかに星太郎はペースが速い。あっというまにグラスを空にすると黙ってこれをテーブルに滑らせる。心得たもので、すぐに夕顔は新しいマティーニをステアした。
「あらまあ、わかってあげて下さい。それはね、姪御さん、甘えてるんですよ。星太郎さんに」
「もー、夕顔ちゃんたらウマいこと言って！　そんなこと言われたら許したい気持ちになっちゃうじゃない」
「そうです、素敵な星太郎さん。甘えるのも愛、許すのも愛、ですよ」
　んも～！　と星太郎は身悶えする。
「でも掃除するのはアタシなんだけどねぇ～」
　とまで言ったところで、何か思いだしたらしく彼は言った。
「……あ、でも、最近あの子、カット中にスマホやたらと気にし始めたのよねぇ。何があったのかしら？」
「姪御さんって、高校生でしたよね？」
「そう。二年！　もーいい年なのにねぇ」
「私にもかつて、そんな時期がありました」
「どういう意味？」
「私の頃はスマホじゃなくてただの携帯……いえ、PHSでしたけど、毎日毎日それはもう、メールが気になって仕方ない時期があったんです。それこそ、美容室でカット中もお風呂のときも、ちょくちょく確認したくなるくらい」
「誰かさんからメールが来るのを待ってる、ってこと？」
「ええ」
「もしかして……彼氏？」
「そうとは限らないけど、それに近い人かもしれません」
　夕顔は明白な回答を避けた。
「ま、そんな気はしてたけどぉ～」
　2杯目も軽く空にして、星太郎は3杯目を求めたのである。
「……でもちょっと、生意気な話じゃあなぃ？」
「星太郎さんだってあったでしょう？　そんな頃」
　付き合ってグラスを満たすと、夕顔はにっこりと笑顔を向けたのである。
「生意気できるのも若い子の特権、そう思いません？」
「かもね」
　星太郎はくすぐったそうに笑うと、グラスを目の前に掲げたのである。
「でも、アタシだってまだまだ、若い子には負けてないわよー。青春はこれから！　そうじゃない？」
「ええ」
　夕顔も応じた。
　ふたつのグラスが触れあう。