プロムナードの夜｜リアクション

プロムナードの夜

　臨時休業は、ここまでだ。
　準備を終えて藤堂静がバー『Hollander』を開けたのは、午前1時を少し回る頃だった。
　終電をなくした行き場のない者、朝まで酒と煙草に浸りたい者、そんな人間は、少なからずいるものだ。
　あるいは――キャバクラのアフター、か。
　ターンテーブルに載せたLP、そのA面が終わる頃、ドアがゆっくりと開いた。
　骨も凍るような北風が、一瞬吹き入ってすぐ途絶える。
　ヒールを履いた足が、コツ、コツ、と床を叩いた。リズムを取っている。
「チャーリー・パーカー？　これ」
「店でかかってたのはスロージャズばっかだったろ？　反動でビ・バップが聴きたくなってね」
　顔を上げずグラスを拭きながら、静は応えた。
「コート掛けは、奥まで入って左の壁だ」
　スツールに恋々が腰掛けると、ようやく静は顔を上げた。

「いらっしゃい」
「来たヨ、藤堂さん」
　着替えたのだろう。チャイナ服を脱ぎ、モノトーンのシックなAラインドレスを着た恋々は、店で見たときよりずっと大人っぽい雰囲気だった。髪も下ろしている。
「何にする」
「バーボン。ロックで」
「銘柄は？」
「マスターのお勧め」
「人任せにするなよ」
「藤堂さんのこと信頼してるからネ」
「よせ。プレッシャーになる」
　とはいえ黙って、静は酒の棚に手を伸ばした。
　氷山から削り出したようなロックアイスをグラスに入れ、琥珀色の液体を手早く注ぐ。
「……それはそうと、よく何のレコードか判ったな」
「私、古い音楽好きネ。終戦前後のジャズ」
　いい趣味だ、と、聞こえるか聞こえないかの低い声で静は告げた。
　アナログ盤の傷をレコード針が通る、ぷつ、ぷつという音がスピーカーに乗った。しかしこのノイズすら、ビンテージの音楽にはいいトッピングとなる。
「いい選択ネ」
「ウイスキー？　音楽？」
「両方」
　恋々はバーカウンターに頬杖を突き、空いた右の手首だけ動かして、グラスの中の氷を回している。
　そうして黙ったまま、レコードが奏でる音楽に耳を傾けていた。
　静も、口をきかない。
　モノラル録音特有の薄い油膜が張ったようなアルトサックスの音が、ふたりの間に流れ続けていた。
　ドアがまた開いた。
「うわあ」
　北風よりも先に、若い女の声が飛び込んできた。
「マジ、チョー大人っぽい店っすねえ！」
「……はしゃぐのもほどほどにな。もう夜中だ」
　あんなと志波高久であった。コートの合わせ目を手で押さえながら、信多蹴次も入ってくる。
「いらっしゃい。コート掛けは、奥まで入って左の壁だ」
　静が呼びかけると、三人はガヤガヤと奥に消える。
　静寂が戻った。ほんの短い間だけだろうが。
　この時間を惜しむように恋々が言った。
「藤堂さん、なんとなく、今しか訊けない気がすること、訊くヨ。いい？」
「ああ」
「藤堂さんの、『らしくない』っていう下の名前、知りたい」
「静だ」
　彼は言った。
「らしくないだろ？」

　――『プロムナードの夜』　完　

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あとがき

担当マスター：桂木京介
ファンレターはマスターページから！

　ご参加ありがとうございました！
　マスターの桂木京介です。

　色々なことをやってみたくて、このお話に挑戦しました。
　皆様の素晴らしいアクションをかみしめつつ、できるだけアクション内容を反映しきれるよう頑張って書きました。
　楽しんで頂ければ幸いです。私自身、楽しんで書いております。

　ご意見、ご感想をお待ち申し上げております。こっそり伝えたいメッセージがありましたら是非、新しく装備されたファンレター機能を使ってみて下さいね。
　好評が多いようなら、また『プロムナード』を描くかもしれません。不評だらけだったとしたら……まあ、こっそりこの店は閉店したに違いありません（笑）

　それではまた、新たなシナリオでお目にかかりましょう。
　桂木京介でした。

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