【星幽塔】酒場にて　→飲む　→話す　→外に出る　→脱ぐ｜リアクション

【星幽塔】酒場にて　→飲む　→話す　→外に出る　→脱ぐ

　大盛り上がりとなった暁桜逢莉と雨崎荒太郎のセッション。その賑わいをちょっとあっけに取られて見ている人物がいた。
（……おお、見知った顔がいるの）
　荒太郎を見ながらボサボサの前髪から赤く眠そうな目を瞬かせる。手には杖、ローブのフードをすっぽりとかぶり。
　黒兎都は異世界でもしっかりとパーカーの代わりを身に纏っていた。

「あれぇ？　黒兎先輩でがんす！　先輩もこの世界に来てたでがんすか」
　演奏が終わり観客が散っていった後、逢莉と片付けをしていた荒太郎が都に気が付き、ニコニコと近づいてきた。都がどうもと軽く手を挙げる。
「凄いセッションだったのー。うち、感動したわ」
　丁寧に都に挨拶をしてきた逢莉に挨拶を返すと、都は２人にお世辞ではない心からの賛辞を述べる。２人は照れながら顔を見合わせ、エヘヘと笑った。
「こんな感じで路銀を稼いでいるでがんす」
「ほう、すっかり適応してて凄いのー。うちは回復専門店みたいのこの世界に開こうかと思ってる。お城奪還作戦もあるらしいし、この世界はなかなかデインジャラスみたいだからの」
「回復のお店なんですか？　宿屋じゃなくて？」
　不思議そうに逢莉が訊いてくる。都がこくりと頷いた。
「ん～、ただの宿屋ではどこまで回復するかわからんしの。１晩かからず、消耗品にも頼らず、こうＲＰＧで言えば回復出来る泉……的な？」
「あー、それは便利そうでがんすね！」
　荒太郎がうんうんと大きく頷くと、都はちょっと嬉しそうに笑った。
「幸いうちは癒しの力を手に入れてるしの。まあ上限はわからんが。ちょうどさっき平屋の空き屋も押さえてきた」
「わあ、手回しがいいですね！」
　逢莉が感心すると、フードの中の都の頬がぽっと赤くなった。
「今は開店準備の買い出しでの。まあ奪還作戦とやらが始まったら、そのアクティブ勢が帰ってくるまでに準備ができればいいからの」
　もし開店したらお祝いに歌わせてくれと言う２人に、都は感謝をしながらその時は是非と約束をする。そして彼らは笑顔で別れた。

　買い出しも終え、まさかの寝子島住民との出会いに頬を綻ばせながら、都は空き屋の通りに足を向けていた。
（そうだ、店の名称はどうすっかの。店は癒し系だし……兎……因幡……蒲の穂？）
　中世風の街並を歩きながら都は考える。剣士や旅人が普通に歩くその光景に、都のゲーム脳は否が応でも加速する。
（ええい、めんどくさい。そのまんま『黒兎亭』はどうだ！）
　都の脳裏には以前やったゲームの天才薬師の姿。確かあの薬師の住処は何とか亭だったはずだ。しかしハタと都は気が付いた。
（ちょっとまて、自分の苗字を店名にするとか恥ずかしくないか……？）
　どうやら都的にはそこはなかなか越えられない壁らしい。彼女の中でこの案は却下となった。
　それではと都は気を取り直して考える。んじゃ、兎から連想できるもの…………月？
「『黒月亭』はどうかの」
　思わず１人で呟いてみる。その響きは都の中でしっくりときた。
（よし、これだ、これでいこう！）
　店の名前も決まり、いよいよ本格的なスタートが切れそうだ。都の足取りも自然と軽くなる。
（しかし客が来るかはわからんがのー。どうやって店の宣伝をするかの）
　次の手を考えていた都は突然立ち止まった。
「しまった……」
　あの人前で上手な歌を披露する荒太郎と逢莉に店の宣伝をお願いすれば良かったのではないか。
（今さら気付くうちって……）
　逃した魚はちょっと大きかった気がする。
　今度は絶対逃すまいと、約束した２人との再会に拳を握る都だった。