【かるた】わんだふる・ゑきさいてぃんぐ・かるた大会｜リアクション

【かるた】わんだふる・ゑきさいてぃんぐ・かるた大会

「……」
　結衣月由癒は、札を見ていない。集中しているのは、札よりも相手だ。
　百人一首は、その名前しか知らない。歌を覚えるようとしたら寝てしまった。だから歌はわからない。
　なので、相手の視線と手の動きに注目する。そして、相手の取ろうとしている札を先に取るのだ。言うのは簡単だが、やるのは極めて難しい。普段木工にしか興味のない由癒が無理に集中した結果―――睡魔との戦いになる。由癒はじっと押し黙って、相手を見つめる。

「―――！」
　前かがみになった楪櫻は、ただならぬ気配を感じ取った。殺気の元は、目の前にいる由癒だ。
「なんだ、この威圧感は……」
　由癒は相手をガン見しているのだから当然か。
　櫻は、作戦としてあえて全ては覚えていない。自分の前にある札と、正面の相手の前にある札―――全体の3分の1に集中する。全てをぼんやりと覚えるよりは効率的なはずだ。
　
　もろともに　あはれと思へ　山桜　花よりほかに　知る人もなし

　櫻は自分の担当の札に反応し、手を出した。しかし、櫻が視線を札に向けた瞬間、由癒は札の位置に狙いをつけた。櫻の手の角度と方向を見極め、相手の狙う札を横取りする。

　試合は終盤、2年10組チームがわずかにリード。味方の焦りを感じ取り、由癒は全力を出すことに決めた。彼女は耳栓をポケットから出すと、両耳に装着する。音を遮断して、集中力を限界まで高めるのだ。由癒は、かるたを「相手より先に手を置くゲーム」と単純解釈している。歌を読む声すら、彼女にとってよけいな情報なのだ。

「かるたで耳栓！？」
　まさかの行動に衝撃を受ける2年10組チームだったが―――
「そうか……それが結衣月の策か」
　櫻は合点がいったようだ。相手は100％視覚情報に頼っている。考えて対策しても、動きが遅くなって取られてしまうだろう。それなら、集中力と速さ、そして気迫を増すのみだ。

　いにしへの　奈良のみやこの　八重桜　今日九重に　にほひぬるかな

　気迫で負けるつもりはない。綺麗な動きで、櫻は相手の陣を抜きさった。名前つながりで、桜に関する歌にはこだわりがある。それに、純粋に美しいと思えるからこそ、桜の歌は取りたかった。

　高砂の　尾のへの桜　咲きにけり　外山の霞　立たずもあらなむ

　櫻が、自陣中央に置かれた札を守りきる。2年10組チームの持ち札がゼロ枚になった。

「ありがとうございました！」

　最後に突き放すことに成功した2年10組チームが、6枚の差をつけて１年６組女子チームに勝利。選手たちが礼をして、試合は終わった。

「雨寺さん、黒依さん、結衣月さん―――残念だったけど、いい試合だったわ」
　青山絢は、試合後真っ先にクラスメイトに駆け寄り、心から健闘をたたえた。