空飛ぶピラニア｜リアクション

空飛ぶピラニア

【４】

　台風の日。
　こんな日に外出だなんてどうかしているが、朝鳥さゆるは、自分でもどうかしているのを自覚している。
　どうかしているからこそ、台風の日に外出するのだ。
　もっとも、どうかしている猫に別世界に放り込まれるとは思っていなかったが。
「……癇に障るわ」
　猫に期待するのもどうかしているが、それにしたって仕事が雑すぎる。
　とはいえ、今は目の前の状況をどうにかしなければ……！
　整った彼女の顔を濡らす雨。切れ長の目が見つめる真っ暗な空からはピラニアが迫ってくる。
　噛みつこうと大口を広げたピラニアだったが、次の瞬間、鋭い牙は空をかすめた。
　ぴちゃ。
　ぴちゃ。
　獲物を逃したピラニアは次と次と地面をおおう水の中に飛び込んでいった。
　ろっこん＜Stella cadente＞で身につけた反応速度で攻撃をかわしていく。
　けれども、体力的には普通の女の子のさゆる、いつまでもかわしてはいられない。
　体力が尽きる前に、次の行動に移らなければ、ピラニアたちのご馳走になってしまう。
「ひとまず……武器が必要ね」

　＊＊＊

「ピラニア……！」
　赤いセルフレームの眼鏡を稲井いおねは押し上げた。
　水没した道路をおおう水の中を元気に泳いでいるのは紛れもなくピラニア。
　アマゾン川など南アメリカの熱帯地方を住処とする淡水の肉食魚。
　その鋭利な歯と強靭な顎で襲われようものなら「怪我しちゃった♪」ではすまないだろう。
「食欲旺盛なピラニアなら、さぞ綺麗に食べてくれるのでしょうね……」
　骨だけ残った自分を思い浮かべる。
「いおね的にはそれも浪漫なのです。いおねの骨が骨格標本として後世に役立つといいな……」
　骨フェチとしてはそそるものがある……らしい？
　とはいえ、本当にそれでいいのか。
　こんなところでお魚さんのエサで満足なのか。
　いや、いいわけない。
「……って何を考えてるですか！」
　ブルブルとツインテールを揺らして頭を振る。
「世界一素敵な骨格標本を作る夢をまだ叶えてないです！　やっぱり全然死ねませーん！」
　ピラニアの群れをかわして、民家に逃げ込む。
　どうしよう……と考えていると、不意にｍｉａｏが頭の中にイナヅマのように浮かんだ。
「そうだ、ｍｉａｏに行くです。生き残りの人もいるかもです」
　申し訳ない気持ちになりつつ、家の中をひっくり返して、雨合羽と長靴を調達。
　できれば、ボートのようなものも欲しかったのだが、さすがにない。
　仕方がないので、ふすまを外してボート代わりに、物干し竿をオール代わりにする。
「これでｍｉａｏを目指すですよー！」