空飛ぶピラニア｜リアクション

空飛ぶピラニア

【１】

　今日の寝子島の天気は荒れ模様。
　とぐろを巻く黒雲に、世界をひっくり返さんばかりの暴風雨。
　そして、雨ときどきピラニアである。
「これは……ジェームス・ニャメロン監督の黒歴史ピラニア２・フニャイングキラーを思い出す展開ね」
　空を仰いで、ブリジット・アーチャーは呟く。
　用があって、新井すばるの家に立ち寄ったら、妙な展開になってしまった。
「自力じゃなくて風で飛んでるからニャークネードのほうかしら……まぁ、あれは、風で飛んでくるのはサメだけど」
「天気予報もあてにならないね」
　店の調理場で何やらゴソゴソしながら、すばるが言う。
　災害に見舞われたときにすることといえば。
　まず第一に、身の安全の確保。第二に、食料の確保である。
　災害が長期に及ぶのであれば、食べ物は生き残るために必要不可欠なのだ。
　そのためにはまず、ろっこんを使えるようにしなければ。
「ブリジットさん、ちくわを作るからちょっと待っててね」
　幸いちくわの材料となる魚、つまり、ピラニアは幾らでもいる。
「ピラニアのちくわ……？」
「あはは。食べろとか言わないから安心して」
　食いつかれないように慎重に捕まえて、手際よく調理していく。
　綺麗に焼きあがったちくわの匂いを鼻いっぱいに吸い込んで、よしとうなづくすばる。
「白身だし、見た目はいいのが出来たよ。幸か不幸か香りもいい。完成だね」
「外に出るなら、あとは……防具が必要ね」
　ブリジットは店の中を見回す。
「全身をカバーする防護服があればいいけど、ご都合主義のＢ級映画じゃあるまいし、そんな都合のいいものが……」
　彼女の視線がピタリと止まる。
「……あるじゃない」
　そこに立っていたのは、ちくわの着ぐるみを着たすばる。
　ＰＲ用にこしらえた、その名も『ちくわくん』という着ぐるみだ。
「私が使えそうな予備はないの？」
「そうだね。……あ、こんなのもあるけどどうかな？」
「かまぼこの着ぐるみ？　……まぁ、いいでしょう」

　＊＊＊

「……ああ、似合うね、って言われても嬉しいわけないか」
　ブリジットのかまぼこ姿を見て、すばるは微笑む。
「でも、まだちょっと防御力が不安ね。調理場を借りるわよ」
　そう言うと、ブリジットは着ぐるみの改造に取り掛かった。
　かまぼこ用の板にドリルで穴開けて針金で通し、着ぐるみにスケールアーマーっぽく装着していく。
「手はうーん、クッキンググローブでいいかしら……無いよりマシね。ほら、すばるも付けて」
「うん、ありがと。でも、随分と念を入れるんだね」
「脱出前の装備改造は定番でしょ？　ゾンビものだとバスとか鉄板とか鉄条巻きつけて装甲車にしたりね」
「へぇ、そうなんだ。それは強そうだなぁ」
「まぁ、だいたい途中で横転したりするけど……。ええと、あとは足の装備ね」
「ゴム長靴ならあるよ？」
「じゃあ、それで。ふふ、やっぱり家が魚屋だとこういうときは便利ね」
　それから、武器は……と調理道具の中からフライパンをチョイス。
　これで、外に出る準備は万全だ。
「あ、そうだ。すばる、水の中を歩くのも危険だからボートでもないか見てきて」
「えっ、さすがに魚屋には置いてないよ？」
「ここじゃなくて、近所の家。海が近いから置いてる家は結構あると思うわ。モーターボートとまでは言わないから」
「ああ、なるほどね。それならボートはないけど、父さんのサーフボードがある」
　ボードを水の張った床の上に置くと、すばるはウインクして手を差し出す。
「さ、かまぼこ姫、お手を。ボクが引いていくから、これに乗って」