● 風呂上り！


　その後、男湯は、わあわあ大騒動だったのである。ミッシェルが茂やねむるや修に次々特攻を仕掛けて男子的大事な部分をどうにかしようとしたり、とりあえずそれに手桶の盾で対抗したり、かと思うと瀕死の信彦に腰を振りながら馬乗りになろうとするミッシェルがいて、皆で信彦の貞操を守ってやったり……。
「ああん、激しいわ～～ん！」
　ミッシェルさんの凶行は詳しく書くとえらいことになるので、この雄叫び以外は割愛させていただくが、最終的に、ミッシェルはねむるのろっこん＜In to the Sleep　Act2＞で昏睡させられ、ゲイバー仲間のみなさんに引き取られて行った。

　こうして、男湯に再び平穏が戻って来た。
　口直しに脱衣場を覗いてみよう。
　そこには悠月と、アカリ、なつの美少年三人組がいた。悠月とアカリは、風呂上がりの柔肌にぴしゃぴしゃと化粧水を含ませている。化粧水のあとはしっかり乳液でケア。ふたりの肌に対する気合の入れように、なつは感心半分驚き半分だ。
「なんだなつもいるか？」
　視線に気づいた悠月が、無造作に化粧水の瓶をなつに差し出す。
「ありがとう。すこしもらうね。……それにしても、二人ともすごいねぇ」
「一応芸能関係に進みたいからにはちゃんと身だしなみに気をつけておかないとな」
　歌うことが何よりも好きで、歌を生業にしたいと思っている悠月がそういうと、アカリも、
「俺も将来演劇を仕事にしたいし、やっぱり肌の手入れは大事だよな」
　と頷く。それからアカリはまた対抗心を燃やしたようで、ちらと悠月の肌を見遣った。
「……獅子目のくせになかなか手入れに気を使ってるな、ちょっとだけ見直したぞ」
「来島もな」
　しっかり肌のケアを終えると、アカリと悠月は浴衣と格闘し始めた。
　三人の中で、正しく浴衣を着ることができるのは、なつだけであったのだ。
「着付けしてあげるよー」
　なつは甲斐甲斐しく二人のお世話をしはじめた。
「……なつ、これどうやって結ぶのが正解なんだ？」
　アカリがぐちゃぐちゃになった帯を持って困り顔をすると、なつが手早く結びなおしてくれる。
「なつ、俺もひとりじゃ着られない」
　悠月は自分で着る気がなくなったようで、両手を広げてやってもらうポーズである。
「はいはい。ちょっと待ってねぇ」
　なつは手慣れた様子で襟を整え、悠月の浴衣も着せてやった。
　なんというか……なつは二人のおかんのようであった。

「千鳥く～ん、出る～？」
　女湯の方からはつなの声がする。
「うん～！」
　雅人が返すと、またはつなの声が返ってきた。
「私も～出る～！」

◇

　男湯と女湯ののれんの前に、ちょっとした待ち合わせスペースがある。
　如月 庚が人待ち顔で座っている。
「屋敷野のやつ、長風呂だな……しょうがねぇ、待っている間に牛乳でも頂くとしよう」
　一気飲みする庚を、浴衣姿の千鳥 雅人が、尊敬の眼差しで見つめる。
　ちょうど庚が飲み終えたとき、浴衣に着替えた回田 はつなが現れた。
「待った～？　ごめんね～」
　雅人の意識は一瞬にしてはつなに向かう。
　その途端、ぽっと頬が熱くなった。
　はつなが、いつもよりかわいく見えたからだ。
（あわわ、な、なんか恥ずかしいよー！）
「どしたの千鳥くん？　少し顔赤い～」
「え、えっと、湯上りなのもあって、なんだかはつなちゃんが色っぽく見えるような……」
「きっと湯上りマジックだよ～。へへ～、千鳥くんも心なしか色っぽく見えるよ～？」
　そう言われると雅人はますますどうしていいかわからなくなる。
　照れた自分をなんとか隠したくって、雅人はこんな提案をした。
「え、えっと、そうだ！　アレやろうアレ！　お風呂上りといえばコーヒー牛乳！」
「お約束のアレだね。いいね。しよ～！」
（よかったー。なんとか話題の切り替えに成功だよ……！）
　なんて、雅人はどぎまぎしっぱなしだったけれど、はつなの方は天然というか、至って平常運転らしい。
　ふたりでコーヒー牛乳を買って、同時に腰に手を当てると、同じタイミングで豪快にごくごく！
「ぷは～！」
　ちょっとおやじっぽく、はつなが息を吐けば、雅人も同じようにして。
「ふふー、湯上りといえばコレだよね！」

　さて、それからしばらくのち、御薗井 Ｅ セレッソはごわつく髪をしきりに気にしながら、薄野 五月と一緒に女湯から出てきた。
　するとそこには、すでに早坂 恩が待っていた。浴衣姿だ。長い髪はゆるりと高めにまとめられていて、遅れ毛がはらりと白い首筋に落ちているのが艶っぽい。
「あ、恩センパイも浴衣なノ！」
　セレッソがうれしそうな顔をする。いつもとは違う雰囲気なのが新鮮で、特別な感じだ。
「お待たせしました」
　五月が言うと恩はにっこり微笑んだ。
「待ってないわ。私も今出たところ。セレッソちゃん、髪の毛、いつもと違う感じね」
　いつもは高めに結ってそれから三つ編みしている赤い髪を、ゆるく二つにまとめていたのだ。
「髪の毛、ふわふわというよりちょっとごわごわしているから すぐには乾かないしまとめられないノ」
　言い訳っぽくセレッソが言うと、恩はそっと赤髪を撫でて、
「そういうのも似合うわよ」
　と言ってくれた。セレッソは見る間に笑顔になって、きゃっきゃと五月の腕に抱きつく。
「恩センパイに褒められたノ！」
「ふっふー。良かったね、セレッソさん」

　庚は待った。はつなと雅人が行ってしまっても。恩とセレッソと五月が行ってしまっても。
　梢のことを待ち続けた。
　ロベルトが出てきたので一緒に待った。
　梢はなかなか出てこなかった。
「屋敷野のやつ風呂の中で寝てるんじゃ……ロベ先、ちょっと行って見て来てくれないか」
「やだよ」
「俺が行くよりマシだろ」
「あのね……」

　こんなやりとりが何度か繰り返され、すっかり待ちくたびれてしまったころ、ようやく梢が現れた。
　温泉効果か、つやっつやの剥きたて茹で卵みたいなほっぺたになっている。
「ふー、いい湯でしたー。待っててくれたんですねー。覗かなかったんですか？」
「俺たちをなんだと思ってる……」
「いやー、ロベルト先輩はともかく、如月君は十五歳の健全な男子高校生かなーって。で、これからどうしますー？」
「ま、ここじゃなんだ……ロビーでも行くか」