雪暮れ湯けむり、冬の宿｜リアクション

雪暮れ湯けむり、冬の宿

● 卓球対戦！

　庚と梢、ロベルトの三人は、風呂上がりの浴衣姿のままロビーへと向かった。
　ロビーはいかにも昭和な雰囲気であった。
　焦げ茶色の革張りのソファに、推理小説や嫁姑の争いを描いた漫画本などが詰まった本棚、外の世界よりやや割高なアルコール自販機、木の足つぼマッサージマットなどが置いてある。その先は遊戯スペースになっていて、カラオケやレトロなゲーム機に交じって、庚の目当てのものがあった。
「……おー……やっぱあんのか卓球台……」
　わずかに瞳を光らせる庚。
「お、卓球！　いいね、卓球！」
　はしゃぐロベルトに対し、梢は一瞬唇を尖らす。
「えー、卓球ですかー。せっかく温泉で汗流したのにー！　……まあ、深夜ももう一度入る予定でしたから良いですけど」
　ぶつぶつ言いながらもラケットを取ったのは梢が最初だ。
「あれですね、卓球に熱中して肌蹴て……ってのを期待してるんですね、この思春期！」
「腐れ縁すぎて……そういう気になる自信はねぇな……」
　言いながら庚は梢の逆サイドへ。
　ロベルトもラケットを取りながら考えた。
（この状況、ろっこんが使えたら屋敷野が最強……でもろっこん無しだとどうだろうな……大人気ないけど……屋敷野と組むか！）
　さりげなく梢と同じサイドに回る。
「よし屋敷野！　僕とタッグ組もうぜ！」
「２対１……おもしれぇ……かかってきな」
　こうしてロベルト＆梢ＶＳ庚の試合がはじまる！　

　じゃんけんの末、先制は庚。庚はのっけから鋭いサービスで梢とロベルトの間を割る。
「まず１点……だな」
「負けませんよー」
　梢は不敵に笑う。
　踏み込んだ右の太ももが、浴衣の裾からちらりと覗いた。梢こだわりの黒の下着も見えた気がした。
　しかし庚に梢の色気は通用していないようだ。
　梢は言った。
「私、こう見えても虫取りで鍛えた反射神経は中々です。まあ、それでも可愛い女の子ですのでー、圧倒的に不利な訳です。……という訳で、私だけろっこん使用可！」
「そりゃあなしだぜ……こういうゲームは正々堂々……だろ？」
　言いながら次の球が打ち出される。台で跳ねたプラスチックボールを今度はしっかりラケットで捕らえ、梢は打ち返す。
「わかってますよ。言っただけでーす。勝負は正々堂々、ですよね！」
　ラリーが続く。梢が返し、ロベルトが返し、庚が仕掛ける。追いすがって梢がレシーブ。これが決まる！
「ふふん、どうです？　じゃー、次からは男性陣は負ける度に一枚脱いでくださいね！」
　すると口を尖らせたのは同じチームのロベルトだ。
「えー！　浴衣と下着くらいしかつけてないのに！」
「ちょ、ロベルト先輩が動揺しないでくださいよ。あとでかわいい少年に熨斗つけてあげますから！」
「ほんと！？」
　梢の口約束だとわかっていても、少年という言葉だけで張り切るロベルト。
　ラリーは白熱する。
「脱いで……たまるか！」
「いや、実際に脱がないでくださいね、変な目で見られますし。まー、それくらいの覚悟で、ってことで！」
　庚だってわかっている。このやりとりは心理戦だ。
（そう、ここで俺がフェイントをかければロベ先輩は必ず釣られて屋敷野のフォローに入るはず……そこで俺が狙うのは屋敷野とみせかけて、ロベ先……否！　屋敷野！）
「くらえオラアアア！！」
　セットポイント。鋭いスマッシュ！
　喧嘩で鍛えた肉体から繰り出される鋭い球筋。速い！
「くっ、取れない！」

　――庚ＷＩＮ！

　オレンジのボールはそのまま、レトロゲームコーナーの方まで飛んで行った。そして、物珍しそうにぴこぴこ遊んでいた北条冬華にこつんと当たった。
「いたっ」
「すみませーん！」
　梢が駆け寄って謝る。
「いえいえ。お気になさらず。痛くありませんでしたから。卓球ですか？」
「よかったら入ります？　ちょうど奇数だったので」
　冬華がそうですねー、と口にしたそのとき、夕鈴翼とサキリ・デイジーカッターが現れた。
「僕たちも混ぜてくれないか。勝負は――古今東西卓球だ！」