雪暮れ湯けむり、冬の宿｜リアクション

雪暮れ湯けむり、冬の宿

● お背中流しマス

　ふたたび女湯。
「温泉ってあまり入った事ないワ！　とても楽しみにしてたノ！！」
　御薗井Ｅセレッソはすこし癖のある赤毛をふわふわと跳ねさせながら、露天風呂を前にして、まるでテーマパークにでも来たかのようにブルーの瞳を輝かせる。
「やあ、今の時期は雪も見られるんですねー」
　セレッソと一緒に入って来た薄野五月はまずそのことに喜んだ。五月は銭湯もある旧市街の育ちなので、みんなでのお風呂も裸の付き合いも、特に抵抗がない様子である。
「五月チャンは間欠泉は見たことあるカシラ？」
「間欠泉というと、一定時間おきにお湯が沸き出るような？」
「そう！　急にぶわーーー！！　っと出てくるのヨー」
　ぶわーーー！！　のところでセレッソがぴょんと跳ねたので、危うくタオルが落ちそうになる。
　五月はくすくす笑って、湯けむりの向こうを指さした。
「ここは間欠泉ではないけど、ほら、お猿さんはいるみたい」
「ほんとネー！　猫さんもいるワ！　これが日本流温泉ナノ？」
「いえいえー。日本でも珍しいよー」
　そういうと五月は、湯に浸かる前に身体を洗うのがマナーなのだと言って、セレッソに手桶の使い方だとかお湯の出し方だとかを教えてやった。
　すると、セレッソ、の温泉に入ったらやってみたかったことがあったらしい。
「五月チャン！　『オセナカオナガシシマスー』をしたいノ！　日本ではよくやるんでショ？　やらせてやらせて」
「ふっふ。いいよー」
　五月はセレッソに背中を向ける。
　セレッソは泡で五月の背中を優しく擦った。
「いたくない？」
「いたくないよ」
「最後は流せばいいのよネ？」
「そうそう。お湯を手桶に汲んで、ざばーっとね」
　セレッソは教え通りに手桶に湯を汲み、五月の白い背中にざばーっと掛けた。
「ありがとう、セレッソさん。誰かに背中を流して貰うのって何だか良いね。それじゃあ、今度は私もセレッソさんの背中、流していい？」
「もちろん！　じゃあ、回れ右なノ！」
　座椅子の上でくるっと回って、今度はセレッソが五月に背中を向ける。五月が泡立てたタオルを押し当てると、セレッソは擽ったそうに身をよじった。
「アハハ、五月チャン！　他の人に背中を触られるのって思ったよりくすぐったいのネ！」

　こうして洗いっこを楽しんだ五月とセレッソは、一緒に湯船にとぷんと浸かった。
　ひらひらと雪を落とす空や、世界を分かつ垣根を見上げていた五月はふとつぶやく。
「そう言えば垣根の向こうは男湯だっけ。早坂先輩に呼びかけてみたら聞こえるかな」
　五月とセレッソは、恩と一緒に勉強会に参加しに来たのだ。物腰穏やかで女友だちのような――セレッソにとっては気になる相手でもある――恩だが、さすがにお風呂は別であった。
「声、男湯に聞こえるノ？」
　きょとんとするセレッソに、五月はこそっと内緒話。
「きっと聞こえるよ。呼んでみる？」
「う、うん」
「じゃあ、せーので。……せーの！」

　恩センパーイ！

　すると男湯の方から、「はーい」と耳馴染んだ声が返ってきた。
　返事があったことに、女子たちはきゃっきゃと騒ぎ立てる。
「センパーイ、そっちは湯加減どうなノー？」
「とても気持ちいいわよ。そっちは？」
「こっちも最高なノー！　五月チャンと背中流しっこしたのヨ！」
　すると、きっとその様子を想像したのだろう、ふふっと笑い声が漏れてきた。
「ゆっくり浸かって温まるのよ」
「はーい、なノ！」