一日閑話｜リアクション

一日閑話

【昼下がり】

　所属高校のカリキュラムの関係でこの日の授業を既に終えていた薄野五月は、既に自宅へ帰っていた。
　今日は午後から雨が強くなっていく天気予報だ。
　時折屋根にザァッと吹き付ける雨音を聞いて、早く帰れて良かったなぁなどと、窓の方を見やる。
　天気が悪くて部屋が暗い分、障子の向こう側からライトアップされているような光景だ。
（綺麗だな……）
　ぼんやり見つめながら、昼食で満腹の腹を休める為に、畳の上で文字通りゴロゴロしながら時間を浪費する。
　これはなかなか贅沢かもしれない。自覚すると一人でにやけてしまう。

　五月は、なんとなく障子を開けてみた。
　縁側から庭に降る雨が見える。
　隔てていた紙一枚取り払っただけで、五月の身体を１月の空気が震えさせた。雪が降っているよりは幾分マシかもしれないが、今日の気温はかなり低いだろう。
　顎をついと上げてみると、不安定な空模様がよくわかった。
　流れる雲間に太陽の光が見えて、五月は目を凝らす。これから少しの時間は晴れるのだろうか——。
（そう言えば晴れの日に降る雨は、狐の嫁入りと言いますね。
　降ったり晴れたり……、この天気はお狐様のどなたかが、今日は嫁入りなさったのでしょうか）
　五月は無意識に、空へ向かって声をかけていた。
「やあ、めでたいですねー。ふっふ」

　＊　＊　＊　＊　＊

　その後、五月はこの不思議な天気を観察するように、しばし縁側に座っていた。
　上空の気流が早いらしく雲の流れは早くて、例の太陽の隙間は五月の庭を照らすことなく遠くへ流れてしまった。
　気まぐれな空から視線を落とした時、庭の木の下に、猫が隠れているのが見えた。この雨を逃れようとして迷い込んだのかもしれない。
　五月は微笑んで、片手を伸ばした。
「一緒に雨宿り如何ですか」

　タオルを持ってくると、猫の濡れそぼった毛を撫でるように、水気を拭き取ってやった。人馴れしているのか、はたまた五月のノンビリした空気を悟ったのか、猫は大人しくされるがままだった。
「さあ、元の美人に戻りましたよ。……ん？　女の子でいいんでしょうか」
　眉を寄せた五月へ、猫はお礼を言うようにひと鳴きして、野良にしては綺麗なシマの毛並みを擦り付けてきた。喜んでいるようだから、メスで合っていたのかもしれない。五月は微笑んだ。
「ゆっくりしていってください」
　店で客にかけるように丁寧な言葉をやると、また景色を眺める。その間シマ猫はタオルの上に丸まって、彼女の午後の休息をご相伴に預かっていた。
　雨はまだ降り続けている。天気予報の通り強くなりはじめている。
　しかし遠くには、まだあの雲間の光が見えていた。
（雨が止まない間は、お狐様が嫁入りの最中なのでしょうね。宴が長引いているのか、それとも花嫁道中が長い道のりなのか）
「とにもかくにも、めでたいですねー」
　また空に向かって喋りかけたが、今度はそれを聞いている者がいた。
　五月がそちらへ首を回すと、猫は目を閉じて眠っているようだ。
　愛らしい寝姿を見ながら、五月はゆったりとした時間を感じて、同じように睫毛を伏せた。

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