ある日の出来事。-1月-｜リアクション

ある日の出来事。-1月-

　日中は温かい日差しだったにもかかわらず、放課後になっても、雪は溶けなかった。
　千種智也は寒いのが苦手だ。それでも小さい頃は、珍しいからといって弟とかまくらを作ったり雪合戦をしたりしていた記憶がある。今は当然、やろうとも思わないが。
　何せもう高校生、この歳でそんなことを行うなんて子どもっぽいではないか。
　……と、思っていた矢先であった。雪遊びに興じる倉前七瀬を見かけたのは。
　ルームメイトのよしみで、暫くの間彼が何をやっているのかを見守ってみる。雪ウサギや雪だるまを作って満足気な顔をし、次にかまくらを作ろうとして苦戦しているようだった。
　そういえば彼は九州の方から来たことを思い出し、本州住まいだった智也より余程雪が珍しいのだろうという結論に達する。
　その頃には七瀬は、かまくら作りは諦め、雪玉作りを開始していた。しかも大量に作っている。嫌な予感しかしない。見なかったことにする。
「おーい智也ー」
　名前を呼ばれたが、これも聞こえなかったことにしよう。そう、俺はこれから帰るんだ。帰って、英語の宿題をさっさと終えて、のんびりと――
　考えている最中に、ボスン、といい音がした。冷たい。頭に雪玉がクリーンヒットしたのだと気付いたのは、一拍後だった。続いて、肩口に一発、背中に一発。
「あのな……！！」
　思わず大きな声を出したが、七瀬は気にした風もなく笑っていた。笑って、手を振っている。
「智也ー。一緒に雪合戦しましょう。一人は飽きちゃいました」
　そののんきなセリフにさすがに腹が立つ。智也はすかさず足元の雪をかき集め、雪玉を作って七瀬へと投げた。顔面に、ベシャリと当たる。
「何すんだよ！」
「えー雪合戦したかっただけなんですけど、ダメでした？」
「ダメというか……！　ああもう本当に、お前は。このコートだって高いんだからな、濡らしたり汚したくないんだよ」
　と言っている間にも、雪玉は飛んで来る。一応、智也のセリフに配慮したのか狙うのは顔面か下半身だ。それでも鬱陶しいことこの上ないし、余計な気遣いだと思った。気遣うなら雪を投げるのをやめろ、雪を。
「この野郎！」
　やられた分はやりかえしてやろう、と急ピッチで雪玉を作る。
「ふふん、負けませんよー」
「ふざけんな、こっちだって負けないからな」
　と言ったものの、雪合戦の決着はどこでつくのか。
　果たして答えは出ないまま、二人は雪玉を投げ続ける。
　結局雪玉が宙を舞わなくなったのは、それからゆうに二十分は経ってからのことだった。
「結局、バカみたいに騒いじまった……」
「え、なんです？」
「お前がバカって話」
「ひどかないですか！　別にバカじゃないですよ、純真無垢なだけですー」
「ああまあ、確かに」
　子どもみたいに純真で、子どもみたいにまっすぐで、子どもみたいにはしゃぐなんて。
「お前相手じゃなきゃできないよ」
　小さく呟いた声は七瀬に聞こえたのかどうか、七瀬は先ほど作った雪ウサギを持ち帰ろうと、そっと手ですくい上げているところだった。

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