冬の日。新たな始まり｜リアクション

冬の日。新たな始まり

「失礼しまーす」
　ドキドキしながら宮祀智瑜は職員室の扉を開ける。そして目指す人影を確認すると、迷わず職員室の中を進んでいった。
「義弘先生！」
　他の教員に迷惑にならないように、それでも弾んだ声音でその名前を呼ぶ。眉をひそめながら書類に目を通していたその顔が、智瑜を見た。
「ああ、宮祀か」
　ああと言われるその気安さに喜びを感じながら、ドキドキは最高潮になる。
「あの、義弘せん―――」
　そして智瑜はやらかした。かなりのドジでよく転ぶ智瑜。見事に義弘に向かってダイブしたのである。
「宮祀！」
　義弘は慌てて立ち上がる。智瑜は義弘の伸ばした腕に支えられ、何とか転ぶのは避けられた。
「……気をつけろ」
「はい、すみません……」
　ふうと溜息をつく義弘の片腕にぶら下がるように支えられた智瑜は、しまったと頭を垂れる。それでもそっと首を伸ばし、義弘のズボンをチェックするのは忘れなかった。
（―――うん、今日はお尻破れてない！）

「で、どうしたんだ宮祀」
「あ、はい、これを渡そうと思って」
　改めて席に着いた義弘に、智瑜は持っていた紙袋を渡す。義弘が袋を開けると、中には手袋が入っていた。
「これは……」
「クリスマスプレゼントです……遅くなっちゃったけど。約束、しましたよね？」
　それは智瑜が編んだ手袋だった。グレーで白い雪の結晶が甲の部分に編んである、とても暖かそうな手袋だ。
「１月はまだ寒い日も続いてるから使って下さいね。サイズ合わなかったら言って下さい。編み直しますから」
　智瑜の言葉に義弘はじっと手袋を見つめる。
（受け取って、くれるかな……？）
　智瑜はドキドキしながら義弘の返事を待つ。するとおもむろに義弘はその手袋をはめた。
「サイズは大丈夫だぞ、ぴったりだ」
　パッと智瑜に笑顔が広がった。
「受け取ってくれるんですか？」
「ああ、ありがとう」
　しげしげと手袋を眺めながら「宮祀は本当に器用なんだな」と呟く義弘。そんな姿に智瑜は嬉しさがこみ上げてくるのだった。

　その後も智瑜はそこを離れがたく、ついつい義弘と話をしてしまう。聞けば今までクラスの宿題未提出者に説教をしていたらしい。休憩を入れたかったという義弘は、智瑜の話に付き合ってくれた。
「そういえば初夢に先生が出てきたんですよ」
「私が？」
「はい、一緒に富士登山してました。縁起がいいですよね」
「確かに富士は縁起物だが、私は縁起物ではないぞ」
　真面目に答える義弘に、智瑜はくすくすと笑ってしまう。
　先生の初夢は？　と義弘に訊きながらも智瑜は思っていた。
（私にとっては富士山よりも、先生が出てきてくれた方が最高の初夢なんです……！）

＊＊＊＊＊

　御巫時子は弁当箱を取りに研究室を訪れていた。

　化学室に隣接の研究室。もうそこはほぼ化学教師五十嵐尚輝の住居だ。
　そして尚輝と時子は、ここでゆっくりとビーカーでコーヒーを飲む。
　それもいつもの光景だ。
　弁当箱を取りに来たのはもちろんなのだが、時子は尚輝とここで過ごす時間が好きだった。

「……先生は、健康診断に行ってますか？」
　そんな質問を尚輝にしたのは、朝、祖母の墓参りに行ったからだろうか。
「早期発見は大事です。ここにも大きな病院がありますから行ってみてくださいね」
　ちょっと真剣に尚輝に向かう。
　亡くなってしまった祖母。大好きな人がいないというのは、悲しい事だ。だって、絶対にもう会えないのだから。
　祖母の事を想い出し、時子は思わず涙ぐむ。それを尚輝に悟られぬよう、そっと目を伏せた。
　大切な人がいなくなる寂しさは味わいたくない。
　時子の様子に尚輝は少し戸惑う。ビーカーを机にそっと置くと、優しく時子の肩に手を置いた。
「心配、ありがとうございます。確かに僕はちょっと無頓着ですね……。気をつけます」
　時子は微笑んで頷く。声を出すと何だか泣いてしまいそうだった。
　尚輝は時子の前にずいっと弁当箱を差し出した。
「でも、御巫さんのおかげで随分ましになってると思います」
　時子は弁当箱を受け取る。空っぽになったお弁当箱。これが尚輝の健康に繋がってると思うと嬉しかった。
「いつも、ありがとうございます」
　尚輝が、改まった様子でぺこりと時子に頭を下げた。

「では、帰りますね」
　時子は弁当箱をしまうと立ち上がる。微笑んで尚輝の方を見た。
「これからまた先生とお会いできる時間が増えるのが嬉しいです……」
　これから、また。これからも、ずっと。
　先生とこの研究室で過ごせますように。

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冬の日。新たな始まり

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