【星幽塔】第二階層　ラッシュ・ザ・ストリーム｜リアクション

【星幽塔】第二階層　ラッシュ・ザ・ストリーム

　眦を上げると、冷たい水気の中に影がかすんだ。
　あれが打ち倒すべき相手。歩はゆっくり、黒のレザーグローブを確かめる。

（同じ獣でも、先の戦いとは違って人の形をしているし…）

　まだ、戦いやすい。
　自分のフィールドで戦える。
　剣を持った相手はリーチ的に不利で、できれば遠慮願いたかったが、幸いにも逞しそうなのが二人向かった。

　（しかしこの水……歩こうにも水位的に無駄に体力を使う。
　　ここで敵と戦うとはな……）

　面倒だ。だが、そうも言っていられない。鋭く息を吐いて、心を決める。

　咆哮を上げる獣人にゆっくりと近づく。
　ガードをしっかりと固め、腰を低く落とした堅牢なスタイル。
　星の力を秘めたレザーグローブが、きゅっと鳴る。
　じわじわ距離を詰める。

　いきり立って両腕をぶん回す獣人を俊敏にすり抜け、腹部に一発ジャブ。
　さらに、二発、三発。
　体制を立て直したとみるや、すぐに体を引く。
　息詰まる、互いの手の読みあいのあとで、再びジャブの応酬。
　水のサンドバックを殴るような、陰惨な音が響き渡る。
　砂とは違い、水袋を叩き続けるのは、甲斐も手ごたえもない、苦行。
　歩は倦むことがない。ただ黙々と拳を振るう。
　カミソリジャブ。カミソリアッパー。

　戦いは洗練されるほど、派手な動きも、感情の起伏もなくなる。
　ただ、此方の仕事をして、相手の仕事を邪魔し続ける。節制と、忍従。

　いったい、どのような日々が、歩にこのような戦いを可能にしたのか。
　いったい、どのような苦しみが、歩にこのような忍従を強いてきたのか。

　ストイックで、華美さのない、彼の美学を貫いた戦い。
　痩身を汗と水に塗れさせ、沈黙のまま歩は拳を振るう。
　ジャブ。フック。カミソリアッパー。
　孤高のボクシングマン。
　その姿は、いつか見る者に脅威と恐怖、さらに崇敬の念さえ呼び起こさせる。

　だが彼は、猪突猛進の戦士ではない。
　攻撃を避けるだけに見えて、動きにくい水の中、相手を誘い出している。
　彼は背中に胸壁を感じる。
　踵を壁にしっかり固定、腰の入ったパンチを唸らせて、獣人にめり込ませる。

（こうすれば、まだ力も入るだろう……他の連中を狙わせずにも済む）

　だが、それは攻撃を引き受ける代償が伴う。
　只の一撃で、地の底に叩き落される。

　そのリスクは承知の上。

　ただ、拳のみで相手と対峙するだけ。

　ぬれた髪が額にほつれ、焦燥した顔が凄惨な美貌を湛える。
　水も滴るなんとやら……そんな軽口をたたく者はいない。
　鋼の男。