大きなイチョウの木の下で｜リアクション

大きなイチョウの木の下で

　
●星神社

　件の神社は寝子温泉の道をまっすぐ抜けた先に、ひっそりとあった。
「やっさん知らなかったのか。寝子島にもまだまだ知られてない場所は多いねぇ」
　境内から続く小径を歩き、裏の林を散策しながら、「まあ、寝子島神社の方がずっと有名だしね」と蔵人は言った。
　十数段の石段と小さな鳥居、祭神を祀る本殿と無人の拝殿があるだけの、せまくて小さな神社だ。
「小さいけど、見たとこちゃんと手入れされてるみたいだし、結構氏子にはちゃんと信仰されてるんじゃないかなぁ。
　祀られてる神様くらいはスマホでサクっと調べたんだけど――ああ、見つけちゃった？」
　蔵人はしめ縄の巻かれた大木を見上げていた靖史が、今はとある一点を見つめて顔をしかめているのを見て、そちらへ近づく。
「これは」
　靖史の指が穴の開いた幹をなぞる。直径数ミリの穴は何かで詰まっていた。よく見ようと一歩踏み込んだところで何かを踏んだ感触があって、足をどける。
「……錆びた、釘の頭……？」
「そうなんだよね。これ……たぶん、牛の刻参り……だよなぁ」
　蔵人もしゃがんで、木の根元に落ちている釘の欠片を見つめた。
「よく見ると、いっぱい落ちてるよ。幹に刺さってるのもある。最近の物じゃなさそうだけど、そこまで大昔の物って感じでもない」
　視線で幹に留めつけられた人の形をした紙を指す。釘は傷んでいるのに不思議と紙は白いままで、原形をとどめたままだ。
「くらちゃん知ってたの？」
「まあ……。でも昔のだから気にしてなかったっていうか、忘れてた。さっきの話を聞いて、そういえば、って思い出した口だよ。
　ここの人も、ほかはちゃんとしてるのにこれにノータッチなのが何か違和感なんだよね、私。ま、触らぬ神に祟りなしというから私も触らないでおいたんだけど。氏子の人たちも、案外そうだったのかもね。ほら、追及して、ヘタに目撃しちゃったり、当人に目をつけられたりしたら怖いじゃない。こんなことをする相手だからね」
「まあ、そうだな」
「ただまあ、丑の刻参りってのは大本を辿れば心願成就の参拝方法だったらしいよ。……ここの場合は天津甕星なんぞも祀ってるし、悪い事になってなきゃいいけど」
　人を呪わば穴二つという。
　これを打った人はどうなったんだろうか。
　風になびく人形を見詰め、蔵人は思い沈む。さっき話を聞いたせいか、どうしても道江とだぶらせてしまう。長田家に続いた不審死を思えば、道江がこれをした可能性もなくはない。確証はないが。
　そして道江は破滅した。
　この釘を打った人は、何事もなかったのか、それとも……。
「そろそろ日暮れだ。帰ろうか、くらちゃん。宿の夕食に間に合うようにしないと」
　思い切る靖史の声がやけに明るく響いて、蔵人は現実に立ち返った。
「そういや民宿だっけね。どこの宿？」
　などなど。暮色の強まった周囲のしんみりとした空気を吹き飛ばすように、努めて明るく話しながら神社の境内へ戻ったとき。石段を上がってくる、こするような足音をかすかに聞いて、ふたりは同時にそちらへ顔を向けた。