桜の木には鬼が棲むという
だから桜の木の下に立つ人に近づいてはいけないと
だけど僕の知る鬼は、大イチョウの木の下にいた――
新年に入って、冬休みももうじき終わるという日の夜。
食欲がなくて夕飯の大半を残し、早めに布団に入った孝明は、息苦しさから目を覚ました。
何かが首に巻きついて、締めつけている気がする。
なぜか目が開かない。
指で探って首に巻き付いているらしいそれを確かめると、人の指だった。指の先には細い手首があって、とても冷たい。
――ああ、あの人だ。
もしかして、という予感はあった。あの人が来るときは決まってこんなふうに体がだるくなって、食欲が落ちる。
前はたしか夏の寝苦しい夜だった。
半年近く現れなかったから、もう大丈夫だと思い始めていたのに……。
事態を把握できたためか、そこでようやく孝明は目を開くことができた。
顔にかぶさっている白い布。これもいつものことだ。頭を振ると少しずれて、右目だけ見えるようになる。といっても、部屋のなかは当然真っ暗で、何も見えない――胸をまたぐようにして覆いかぶさってきている彼女以外は。
彼女は全身、髪も肌も着ている服までも真っ白くて……ほのかに発光していた。いつものように。
そして泣いている。いつものように。
「たかちゃん……、……ね。……、ね……」
泣きながら何かをつぶやき、孝明の首を絞めているのだ。
女性の背後には赤い鳥居と大きなイチョウの木がうっすらと見える。遠くで響いているコーン、コーン、というのは……釘を打つ音?
そして現実味を帯びていく、のどに食い込む彼女の指。
気道が塞がれ、息苦しい。
あともう少し締め続けられたら、きっと死ぬ――そう確信したころ。
「孝明くん……!」
音か気配かを察知したのだろう、ふすまががらりと開いて叔母夫婦が飛び込んできた。
「大丈夫か!? 孝明! しっかりしろ!」
のどを押さえ、咳き込む孝明の背中を叔父がさする。
「孝明くん、無事!?」
叔母が反対側から手を握り、孝明の顔を心配げに覗き込む。
孝明は返事をしようとしたが、のどはからからに乾いていて、声が出なかった。
手を握り込んでいるあたたかな叔母の手。あの人とは違うそのぬくもりを感じながら、孝明はある決意をしたのだった。
●雑貨店『memoria』
「――相談を受けたの。どうしたものかしら……」
ある女性の接客を終え、彼女を見送ったあと。バックヤードへ戻ってきて早々、
密架はほうっとため息をついた。
「香奈枝さんは、悪夢にうなされる甥の孝明くんのために役に立つ物がないかと言われて……とりあえず、よく眠れるハーブティーとハーブでできた枕をおすすめして、それを注文されたのだけど……話を聞いただけでもひどい悪夢と分かるでしょう? これで見なくなるとは思えないのよ……」
少年には病院で医者にかかるとか、根本的な治療が必要なのではないか。
眉をしかめる密架の前、
中山 喬はじっと、今つくったばかりの人形を見ていた。
それは古い神社を模したもので、大きなイチョウの木が脇にあるものだった。
昭和をイメージした古き良きシリーズとして出していこうと、境内で遊んでいる子どものフィギュアをつくるつもりだったのに、気がつけばうつろな目をした少年が境内に倒れているのをつくろうとしている。
(手に握らせようとしていたのは、何だ? これはナイフか?)
――くそッ!
人形をぐしゃりと握りつぶして、喬は立ち上がった。
勢いが強すぎて、ぐらんぐらん揺れたイスが倒れる音が派手に響く。
「喬?」
「ちょっと出てくる」
喬は手をポケットに突っ込み、硬い声でそう言うと部屋を出た。
こんにちは。またははじめまして。寺岡志乃といいます。
今回のシナリオは、ちょっとホラーテイストなシナリオとなっています。
喬の予兆では悲劇的な結末を迎えそうですが、まだ未来の出来事。必ずしもそうなるとは限りません。
ぜひ皆さんの手で悲劇を未然に防ぎ、すばらしい未来へと変えていただけたらと思います。
かかわり方ですが、喬は自分のつくったフィギュアの参照にした星神社へ向かっていますが、どうすればいいのか内心よく分かっていません。
喬と面識のある方は「喬に助っ人として呼び出された」「喬を見かけたので声をかけた」でもOKです。
また、孝明側からの接触や、香奈枝あるいはその夫(雅治)と知り合いで相談された、等でも大丈夫です。
・星神社(あかりじんじゃ)
寝子温泉街のはずれにある小さな神社です。旧市街には寝子島神社という有名な神社があるためまったく目立っておらず、近年では存在を知る者もごく少数となっていますが、地元の信心深い氏子の手によってよく手入れされている神社です。
祀神:大己貴命、配神:天津甕星、饒速日命、織女、牽牛
以下、PL情報です。アクションを考える参考にしてください。
※リアクション内では、アクションしないと情報として活用することはできません。
・長田孝明
寝子島小学校6年2組在学。自宅は旧市街にあります。
夢のことで悩んでおり、今回夢の女性と対決するため、夢に出てくる神社へ向かっています。
・満井香奈枝
孝明の叔母です。旧姓長田。孝明が悪夢にうなされていることを心配しています。
・夢の女性
坂上道江、享年30歳。孝明の実の母親です。
7年前、夫が亡くなると同時に離縁され、家を追い出されました。長田家は由緒ある旧家であるため、夫の庇護がなくなれば……ということです。
・真相
もともと体が弱く心も少し不安定だった道江は、夫の突然死そして息子と引き離されたことで完全におかしくなったようです。4年前、孝明を誘拐して寝子島へ戻ってきました。そしてそれだけでは終わらずに、星神社の裏の森にある大イチョウの木に釘を打ちつけ、自分にこんな仕打ちをした長田の者を呪いました。
憎しみにとらわれていた道江は「長田」のなかに、息子が入ることを理解できていませんでした。
また、これは香奈枝も知らないことですが、孝明は道江が丑の刻参りをしている姿を目撃している、ということがあります。
丑の刻参りは、目撃されるとその目撃者を殺さない限り呪詛は本人にふりかかります。
そのため孝明は道江に首を絞められたという過去があります。ガイド本文の孝明のシーンは過去のシーンの再現でもあります。
その後、道江は自殺。呪いが発動したのか、怨霊と化して、当時の長田家の当主で孝明の祖父母と伯父たちが不審な死を遂げています。
跡継ぎの孝明も殺されかかったため、長田家は孝明の叔母夫婦に孝明を預け、霊的な処置で孝明を隠してもらっていましたが、怨霊の力は強力で、ついに孝明を見つけてしまいました。
孝明は彼女を母親と知りません。丑の刻参り(という知識は孝明にはありませんが)をしていた女性だというのは知っていて、彼女に会って話をするために大イチョウのある神社へ向かっています。
怨霊は道江の姿をしていますが、基本的に呪いです。長田家の者を殺すという、当時の道江の意識しかありません。
問答無用で孝明を殺そうとします。
呪いの大部分は大イチョウに打ちつけられた人型の符と五寸釘ですが、これを破壊するか、孝明あるいは怨霊を説得するかは皆さん次第です。
それでは、皆さんの個性あふれるアクションをお待ちしております。