大きなイチョウの木の下で｜リアクション

大きなイチョウの木の下で

　
●長田家の確執

　時は少し遡って、前日の夜。
　南戸河蔵人の元へ、中之条靖史から電話がかかってきた。靖史は主に日本各地に残る心霊・伝承などを記事にするフリーのルポライターである。

『おうくらちゃん？　久しぶり』
　受話器を通して聞こえてきたいつもの靖史の声にほっこりきて、電話口で蔵人も口元をほころばせる。

『おっす、やっさん。元気してる？』
『元気元気』
　あいさつもそこそこに、靖史は本題に入った。
『なんかさ、ちょっと物騒な事件……つっていいのかどうなのか分からねぇんだけど、まぁ関わることになってさ』
　小さくパラパラと手帳をめくる音がする。そして靖史が話したのは旧家・長田家に数年前起きた不幸だった。当主とその妻に始まり、立て続けにばたばたと親族が相次いで不審死で亡くなったものだから、呪殺だの怨霊だの、不穏なうわさが立つのはもはや必然だった。
『で、調べたらその生き残りの少年が、なんと寝子島にいるって。どうやら嫁いだ叔母に引き取られてるようでさ』
『子どもにインタビューするっていうのかい？』
　蔵人はちょっと眉をひそめる。そんな蔵人を見て話しているかのように靖史は即座に否定した。
『いんや、叔母の方』
『ああそう』
『探偵の真似事ってわけじゃないけど、記事にするなら背景ぐらいはきちんと把握しておきたいしさ。
　せっかくだし、一緒にどうよ。車は出すからさ』
　蔵人は少し考え込む間を開けたあと、応諾した。
　そして翌日、迎えにきた靖史の車で満井香奈枝（旧姓長田）の元を訪ねたのだった。
「伝奇ルポライター、ですか」
　雅治は会社で孝明は学校。在宅は香奈枝だけだった。戸口で靖史の差し出した名刺を読んで、香奈枝はあからさまに顔をしかめた。しかし相手にこういった態度をとられることは靖史も仕事上慣れている。警戒する香奈枝をあれよあれよといううちに説き伏せてしまった。
「記事では仮名とし、決してお名前は出しません。こちらで調査した内容が正しいかどうか、裏を取りたいだけなんです。長田家で起きた出来事、幼い孝明くんと亡くなられた孝明くんのお母さんについて、お聞かせいただけませんでしょうか」
　香奈枝は靖史とその後ろで控えめに立っている蔵人をもう一度見て、身を退いた。
「……戸口ですることでもないでしょう。ご近所の目もあります。なかへお入りください。……たいしたもてなしはできませんが」
「おかまいなく」
　突破、と靖史は蔵人と視線を合わせて小さく笑う。しかしすぐ表情を引き締めて、話に臨んだ。
　彼らを前に香奈枝がぽつぽつと話したのは、靖史が調査した内容とそこから立てた推測とほぼ同じだった。夫である香奈枝の兄が早世し、道江は身一つで追い出され、身も心も憔悴しきって故郷の寝子島へ戻ってきた。道江を兄に引き合わせたのが自分という負い目もあって、香奈枝は道江の面倒を見ていたという。そしてある日、道江が姿を消した。数日経って戻ってきたとき、道江は幼い孝明を連れていた。
「わたしは、すぐ戻すように言ったんです。これは誘拐だと。孝明くんは大切な跡継ぎで、裁判所も養育権は長田に認めました。
　わたしでも、今の道江さんでは子どもは育てられないと思いました。財政的にも、精神的にも。でもあの人は孝明くんを抱き締めて離さず、聞き入れてくれませんでした。自分がなんとかすると言い張って……」
　その１週間後、父の訃報を受けた。裏山の崖から落ちたらしい。そのときはつながりを疑うことはなかった。道江は寝子島にいて、何ができるわけもない。父ももう歳で、めまいでも起こしたのだろうと思った。しかしそれで収まることはなかった。母が亡くなり、一緒に住んでいた弟夫婦が亡くなり、彼らの手足として働いていた者たちまで相次いで亡くなって……。
「怖がるわたしに、道江さんが言ったんです」
『そんなにおびえなくても大丈夫、あなたは死んだりしないわ……あなたには恩があるもの……』
　うっすら笑った道江にぞっとして、香奈枝は危機感を強めた。道江の病気は悪くなる一方で、孝明は学校どころか外へも出してもらえず、家に閉じ込められているらしい。学校や地域の民生委員の人たちと対策を話し合っていたところへ道江が乗り込んできた。そして香奈枝を敵、裏切り者と罵った。
『次はあんたよ！　あんたを殺してやる！　長田の者は、みんな死ね！』

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