奇妙な昼休み～先生、ろっこん発動しっぱなしです～｜リアクション

奇妙な昼休み～先生、ろっこん発動しっぱなしです～

転：６時間目に転がる異変

　――某教室。

（今日は、世界史だったわね）
　６時間目が世界史の授業となっていた仙藤紫は、授業の準備を終え先生が来るのを待っていた。
　世界史担当の大橋尚は歴史上の人物のコスプレをするのが好きである。紫は、そんな彼女に誘われるまま、去年行われた冬のネコミケでコスプレデビューしていた。その後も「すばらしい原石を見つけたわ！」との事で何度も誘われている。実を言うと紫自身もまんざらではなかったりする。
　今度はどんな人物のコスプレに誘われるのかしら、と何気なく思っているとこんな会話が聞こえてきた。

「須藤、５時間目サボっただろ？」
「まぁ、細かい事は気にせん、気にせん」
　八神修が眉をひそめつつそう言えば、須藤清一郎が悪びれる様子も無く返す。５時間目は職員室で尚の手伝いをしていたものの、何故かドジを連発し、実のところほんのちょっとだけ疲れがある。でも、美人さんのためならなんとか力になりたい、と思うのが清一郎であった。
　その会話に紫が不思議そうな顔をしている間に、尚が教室に入ってくる。彼女はスマホで時間を確認し、それをポケットに仕舞うと向き直る。
「皆さん、今日は教科書の……」
　そう言いながら辺りを探るも、そこに教科書は無い。どうやら、既にどこかでドジをし、教科書を落としてしまったらしい。
「ごめんなさいっ、すぐに取ってきますから！　先日の授業の続きをするので先に資料集の４０ページに目を通しておいてください！」
　それだけ言うと教室を出ようとする尚。だが、何かに躓き転びそうになる。
「あぶないっ！」
　比較的前の席だったこともあり、清一郎がすばやく動いて受け止め、事なきを得る。尚は赤面しながら礼を述べた。修がちらり、と教卓に置かれたスマホをみれば、そこには優しい顔立ちの青年が。どうやら、婚約者の写真を待ち受けにしているらしい。
（だからろっこんが。しかし、ドジが連発するのも一苦労だな）
　修がため息混じりに頷く。清一郎は「先生の教科書取ってくるさかい、授業進めといたほうが」と提案。尚はとりあえず今ある資料で出来ることから始める事にした。

　だが、ここで紫は違和感を覚えていた。教科書に触れた際、間違ってメモしていた為消した筈の内容が読めたのである。
（え？　どういう事……？）
　紫は困惑した。まるで己のろっこんを使っているときのような感覚があったのだ。文字が読めたのはほんの少しの間だけで、すぐに読めなくなる。でも、彼女のろっこん『指先スキャン』は『目を閉じて文字列を指先でなぞる』と『経年劣化などで判読不能になった文字列を読みとれる』という物。彼女は目を開いている状態で読んでしまい、少し困惑した。
（……あぁ、もうっ）
　紫はため息を１つ吐き、顔を上げた。すると、修が彼女にプリントの束を渡していた。転ぶといけないから、と修が手伝うという名目で列ごとに配布していたのだ。
　その文字が浮かび上がらなかったのを安堵しつつ紫が受け取ると、修はそれとなく声をかけた。
「先輩は、もれいびですか？　実は大橋先生は『無自覚』のもれいびなんですよね」
「そ、そうなの？　さっきからドジを踏んでいるみたいだけど、それが関わりあるのかしら？」
「そのとおりです」
　修が頷けば、紫はうーん、と頭を押さえてしまった。これは、話した方がいいかもしれない、と。
　その時、清一郎が教科書を手に戻ってくる。話によると、職員室にあったそうだ。ともかく、これで穏便に授業が進めば……と願う紫。しかし、その願いは届かなかった。

「ですから、この時代は……っ！」
　尚が板書をすればチョークが次々に折れ、仕方なく用意した大きな紙を黒板に貼ろうとすれば、バランスを崩してしまう。
「ご、ごめんなさい……」
「先生、手伝いましょうか？」
　それとなく修が言うが、尚は「大丈夫」と首を振る。そして教科書を手に尚は話を続ける。その場に留まってその時代に関する知識や、どこが試験に出やすいかを語り、授業を上手く繋いでいる。
（まぁ、様子みてもええんやないか？）
（そうだな）
　清一郎と修は互いに顔を見合わせて頷きあい、転ぼうとしたり物を落とした時などのフォローに勤めた。
「それじゃあ、先ほど私が読んだ所の続きから仙藤さん、読んでいってください」
「はい」
　この調子でとりあえず授業が続けばいい、と紫は心の中で祈りながら教科書を読むのであった。

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