君が泣いた日｜リアクション

君が泣いた日

●御剣刀が泣いた日

　刀には、果たすべき目標がある。それは彼にとって生涯をかけてでもやり遂げる価値があることだ。祖父の剣術を極め、その上で自分の剣術を創り上げるという目標。
　夢、と言わないのは夢で終わらせるつもりがない刀なりのこだわりだ。どんなに辛くても苦しくても、自分で選んだこの道を走り続けると決めたのだ。
　剣術に集中しすぎて、勉強が疎かになってしまったこともある。それが原因で両親との折り合いが悪くなって寝子島で一人暮らしを始めたという経緯を持つほど、刀にとって剣の道は自分自身のようなものなのだ。
　だからこそ、順風満帆な道などでは決してない。荒波にその道を阻まれることだってあるし、そこを乗り越えようともがくことだってある。それでも足が止まりかけるときがあって、上手くいかないことに涙を流すことだって、ある。
　それでも、刀が足を止めることはない。前へ向かって、ただ進むのみだ。

「足を動かさないと前へすすめない、前へ進まないと目指す場所にはいけない、だから足を止めている暇はない」

　足が止まりかけたときに、刀が心に浮かべる言葉だ。それは時に口に出すこともあったし、そっと唇を閉ざして自分に言い聞かせたりしてきた言葉。そして今も、胸のうちで言い続けている言葉だった。
　冬休みの早朝、寝子島神社のまだ暗い境内で、刀は剣術の稽古に励んでいた。日課として毎朝毎晩、刀はここで剣を振るっているのだ。
　静かな境内に、刀が剣を振るう音とその息遣いだけが響いている。呼吸と、剣を振るう動きを合わせながら幾度となく繰り返す。剣の道を目指すと決めたときから、がむしゃらに木刀で素振りをした。足腰を鍛えようと己の限界を超えてまで走り続けたこともあった。時には雨粒を斬ろうとして叶わず、そしてこんなんじゃ目指す場所へは決して届かないと、悔しさの余り涙を流しながら剣を振るったこともあった。

「……今もだ」

　昔のことを思い出すのは、あの頃のように悔しい気持ちを抱えて剣を振るっているからだろうか。
　涙を、流しているからだろうか。
　どうして悔しいのか、なんて剣を振るっているうちに忘れてしまった。だから今はそんなことを考えるよりも、技を身に付ける方法を考える。幾度となく繰り返してきた自問自答に、いつの頃からかそう答えを出した。
　そしてそのうち、それすらも考えなくなってただ剣を振るうようになる。それは無心とでもいうのだろうか？　一振り一振りがスローモーションのように感じられ、時間を忘れたように自己研鑽を重ねるのだ。
　拭われることなく流れ落ちる涙は、そのうち汗に混じってわからなくなっていた。
　幾度目の剣を振り下ろした音だっただろうか？　既に回数はわからなくなっていたけれど、澄み渡った音が刀の耳朶を振るわせたその時、刀はすっと剣を下ろして朝日が昇り始めた空を見上げる。
　空は高く、高く、手を伸ばしても届かない。けれど、自分が進むべき道は見えているのだ。ならば歩き続ければいつか望む場所へと辿り着く。だから刀は足を止めたりはしないのだ、何があっても歩き続けるのだろう。

「いつか、目指す場所へ至るんだ」

　それは願いであり、揺るぎない刀の決意だった。