君が泣いた日｜リアクション

君が泣いた日

●望月神無が泣いた日

　この数日、神無はどこかそわそわと落ち着きがなかった。やけに携帯を気にしたりカレンダーや時計を何度も見たりと、普段の彼女を知っている者が見ればどうしたのかと問い掛けるであろうほどだ。
　何かを待っている、それもとても大事なものを……そんな風にも見て取れる落ち着きのなさで、神無が無意識に近い動きでチョコレートを齧ったそのとき、電話が鳴った。ワンコールを待たずして彼女はそれを取ると、少しの間話を聞いていたかと思えば慌てて通話を切って、財布と携帯と食べかけのチョコレートを放り込んだ鞄を掴むと玄関へと向かった。施錠だけは忘れずに、期待と不安を胸に駆け出したのだった。

「こっちだよ！」

　神無がやってきたのは、とある産婦人科だった。息を荒くする神無を、神無の姉の夫である義兄が見つけて手招きしてくれる。それに応じて小走りで近寄った。

「姉さんは？」
「分娩室にいる。看護師さんがこちらでお待ち下さいって」

　新生児室の前に作られた待合所を義兄は指差した。分娩室は新生児室から少し離れた場所で、神無はどうにも落ち着かなくてウロウロと歩くと、新生児室で寝ている生まれて数日しか経ってない赤ん坊の姿が目に入った。すやすやと眠る赤ん坊を見ていると、これから産まれてくる命をより一層意識してしまって、またウロウロとしてしまう。

「落ち着かないのはわかるけど、座って待ったほうがいいよ」

　何時間掛かるかわからないからと、優しく義兄に諭され神無はソファへと腰を下ろした。

「本当に、君は彼女のこととなると人が変わったかのようになるね」
「……はい」

　そう言われると、神無は何も言い返せない。自分でも焦りすぎなのはわかっているのだが、何せ姉が産もうとしているのは１人ではないのだ。そう、ふたつの命を産もうとしている。本来なら双子を出産する場合は母体の負担を考慮して帝王切開を選ぶのが一般的なのだが、経過が順調であることやお腹の中での双子の位置が適切であること、母体の疲労も少なかったこと、何より本人が望んだことによって自然分娩という形で行われることになったのだ。
　医者も容体は安定しているから、と言ってくれたらしい。けれど何が起こるかはわからないし、何かあればすぐさま帝王切開による出産に切り替える、とも。
　だからつい考えてしまうのだ、最悪な状況を。それは顔に出ていたのだろう、隣に座っていた義兄が頭を撫でてくれる。少しだけ落ち着いた頃に、赤ん坊の泣き声が聞こえたような気がして神無は思わず立ち上がる。鼓動が早くなるのを感じながら、耳を済ます。もう１人、どうか無事に産まれてきますように……！　神無の悲痛な願いは届いたのだろうか。
　暫くすると、やがて分娩室から看護師が出てきて義兄の名が呼ばれる。促されるままに分娩室へ入ると、分娩台に横になったままの姉がこちらを見て笑ってくれた。そして、その隣にはベビーコットに寝かされた双子の赤ちゃん。

「頑張ったね、ありがとう」

　そう義兄が姉へと声をかけると、姉は疲労を滲ませてはいたけれど笑顔で頷く。そして何も言えずに赤ちゃんと自分を見つめる神無に向かって、よかったら抱いてあげてと声を掛けた。
　看護師がそっと双子の片方を抱いて神無に抱かせてくれた。産まれたばかりの命は、想像していたよりも軽くて、温かくて、神無は胸が熱くなって……涙を零していた。
　ようやく会うことができた喜び、そして姉も双子の赤ちゃんも無事だったことに対する安堵で涙は止まらない。赤ちゃんに涙がかからないように、そっと義兄に渡すとハンカチを取り出し、流れ落ちる涙を乱暴に拭った。拭い終わると、ベビーコットに寝ているもう一人の赤ちゃんを覗き込み、精一杯の祝福の言葉を掛ける。

「……こんにちは、はじめまして。生まれてきてくれてありがとう」