天使と悪魔のロマネスク｜リアクション

天使と悪魔のロマネスク

魔界を往く

　志波拓郎は、すこぶる不機嫌であった。
　気付けば黒い翼が生えていて、まるで自分が悪魔にでもなってしまったように見える。あたりの光景はいかにも不気味で、どうにも居心地が悪い。魔界……とでも表現すれば、ちょうど良いだろうか？
　何しろ、彼は寝起きだ。眉を寄せて寝ぼけまなこをしばしばと瞬かせ、こんな夢は早く覚めれば良いのに、とイライラ。
　加えて最悪なのは、せっかく夢だというのに、最愛の恋人の姿がどこにも見当たらないことだ。
（きっと、小悪魔みたいで可愛いだろうな。妙な夢でも、彩葉さんと一緒なら、幸せなのに……）
　しかし残念ながら、視界に入るのは色気のない赤黒い岩肌に溶岩流……何やら奇声を上げて飛びかかってくる、悪魔ばかり。
「まったく、嫌になっちゃうわ……ねっ！」
　ぼんやりそんなものを眺めていると、がん、という硬い音が響き、悪魔が吹っ飛んだ。
　流れるような正拳突きを悪魔のどてっぱらに叩き込んだのは、背に美しい蝙蝠羽を抱く、栖来衣夢。彼女は空手の達人のごとく、鋭い呼気とともに身構えると、
「ちょっと！　ぼーっとしてたら、魂を取られちゃうわよ？」
「……？　たましい……を？」
　ちなみに、本日の衣夢のコスプレは、黒のボンデージファッションである。際どく、美しく、そして背の黒い翼も相まって、あんまりにも魔界に溶け込み違和感の無い彼女の装いに、拓郎の現実感はますます薄れてゆくばかり。
　とはいえ、次々にこちらへ向かって迫りくる悪魔たち、中には怪物めいた人間離れした体躯を持つ彼らの形相はいかにも剣呑で、その爪やら牙やらの餌食になるのは、いかに夢の中とはいえご免被りたいところではある。
　かくして拓郎は、両手で頬をぱしりと打つと、たっぷりの助走をつけて溶岩石の大地を蹴り、飛び立つ。
「……！　ヘンな、世界……だけど。飛ぶの……気持ちいい、な……」
　確かに不気味な光景ではある……が、ビルもない、高い建造物もない、そして見渡す限りに広がる開けた空間を伸び伸びと飛行するのは、思いのほか爽快だ。
　悪魔たちにももちろん翼はあり、空中へすら彼らは追いすがるものの、ろっこんによって強化された肉体でタックルのひとつもぶちかましてやれば、悪魔は軒並み弾き飛ばされていく。ささくれた気分も、どこかスッとするような気がする。
　滑空する拓郎に並走して、衣夢も翼を打ち、悠々と飛翔する。岩肌を蹴り、眼前へと飛んできた悪魔には、
「ふッ！」
　ずどんっ！　渾身の飛び蹴りをヒットさせ、羽虫のように叩き落してやった。
「前に変身ヒロインのコスプレをした時に、空手の特訓をしてたのよ。格闘シーンだってお手の物よ？　小さいからって、甘く見ないでほしいわね！」
「すごい……な」
　何とも頼りになる彼女は、にっこりと拓郎へ微笑みながら、前方に見える火山の火口付近を指差して、
「ともかく、このまま白魂石を目指すわよ！」
「ビャッコン、セキ……？」
「そう。テオのドジで、こっちの世界に吸い込まれちゃったみたいだけど……悪魔なんかに、渡すわけにはいかないわ！」
　うなずいた拓郎に、異論は無かった。良く分からないが、どうせ夢だ。退屈するよりは良いだろう。

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