● 華菜子について・１


　その頃隣室では、サキリ・デイジーカッターと円、飛鳥、刀、すばるがテーブルを囲むようにして、定時報告のグループ通話に参加していた。

『華菜子について調べたわ』
　声の主は、事務所に詰めているリサだ。
『トモミの部屋にあったというパソコン雑誌の誌名・号数と、ネットアイドルだということ、この両方から検索したらすぐにヒットしたわ』
　リサから送られてきたアドレスをクリックする。
　投稿動画共有サイトMewTubeの個人チャンネルだ。

　　＜こんにちは、華菜子ですっ＞

　画面の中に現れた二十歳前後の可愛らしい女の子が、すこし舌足らずな甘い声で自己紹介し、踊り出す。
　また別の動画では、同じように冒頭で『こんにちは、華菜子です』と挨拶をしているものの、ボーイッシュな雰囲気。さらに別の動画では成熟した女性の艶やかさで登場する。
　どの動画も『こんにちは、華菜子です』から始まる。
　そして以前の動画についたコメントに返事をしたり、前回の続きであるかのようなふるまいをする。
　それと、首筋にある三つ並びの黒子が同じだ。
　そのために見ているユーザーは、どんな『華菜子』が出てきても同じ『華菜子』だと感じる。
　寧ろ、華菜子の百変化ぶりが話題になり、ネットだけでなく雑誌などにも活動の場を広げつつあるらしい。
『ネットの住民は、華菜子のこの百変化は、化粧やコスプレが上手くて声優のように自在に声を操れるからだと思っているようだけれど、よく観察すれば骨格から別人でしょ、ってのもけっこうある。この華菜子が、変身ろっこんの持ち主だと見て間違いないと思うわ』
　とリサは言う。
　刀は腕組みをしながら言った。
「次に証明すべきは、その『華菜子』と、アツヒロが言う『華菜子』が同一人物かどうかだ」

　声が関内班の能美子のものに変わる。
『朝鳥さんと一緒に、トモミが勤めていた関内のクラブで聞き込みをしてきたわ』
　さゆるも能美子も、年齢より大人びて見える少女だ。ふたりとも美人だわ、と関内のお姉さま方に可愛がられ、お店で働かないかとスカウトされたり、もみくちゃにされたりと大変だったのだ。
（桜庭さんやブリジットさんや御剣さんに聞かれたら恥ずかしいから、そこは省略して……と）
　能美子は、トモミの評判と華菜子についてを報告する。
『お姉さま方も、最近のトモミの豪遊っぷりには首を傾げていたみたい。うちであんなに稼いでないはずなんだけど、って。ナナコもちょくちょくお店に顔を出していたみたいね。アツヒロと三人つるんで関内から伊勢佐木町あたりを遊び歩いているところをよく見たって。それと――店に来た『華菜子』を見たことがある人がいて。首筋にほくろがある子でしょ、って言ってたわ』
「それは同一人物っぽいねー」
　ベッドサイドに腰掛けた飛鳥が、足をぱたぱたさせる。
「きっとそのほくろだけは変化させられないんだろうね。それにしてもさ、人を呪わば穴二つ、普通凶悪な目的でろっこん使ってると、力は弱まっちゃう事あるっぽいんだけどさ、指紋まで再現するとか、かなりのモチベーションだよね、やっぱり愛憎かな？」
『華菜子に動機があったかということよね。それなんだけどもうひとつ、気になることを聞いたわ』
　とさゆるが発言した。
『華菜子はアツヒロたち三人から暴行を受けていたみたい。店の裏で殴る蹴るの騒ぎを起こしてスタッフが止めに入る、なんてこともあったみたいよ』

「恐喝、暴行、か……」
　刀が忌々しそうに呟く。
　サキリは心を鎮めるために、ひんやりとしたナイフの腹で自らの頬をすっと撫でた。
「アツヒロは警察でなくR&Rに助けを求めた。つまり表沙汰に出来ない事情があるのではないか……そう思っていたよ。もしそうなら復讐されても自業自得だけど、それでも僕はフツウを守る為にアツヒロを守る」
「守って……それから、調べたことが真実なら、ちゃんと謝罪させたいね」
　円はアツヒロに殴られたほっぺたを擦る。もう痛くはないのだが、心は痛い。もしこういうことが日常茶飯事だったとしたら、身体だけじゃなく心も、とても傷ついていることだろう。
「で、その『華菜子』さんて本当は誰なの？　ネットアイドルならまさか本名じゃないんでしょ？」

『それについては、私からお伝えしたいことがあるアルー！』
　元気なエセ中国人口調は、寝子島の華菜子だ。
『ナナコさんの部屋で、高校時代の卒業アルバムを見てたら、トモミさんやナナコさんとよく一緒に写ってる女の子を発見したアル！　その子の名前は……』

　楠 真奈（くすのき まな）。

　卒業アルバムの中の楠真奈は、ニキビの残る決して美人とはいえない女の子だ。あばたを隠すためなのか、前髪を伸ばし、おかっぱに切った横髪も前の方に垂らして、非常に暗い印象だ。
　華菜子やブリジットが中刑事に問い詰めたところ、彼はこんなことを明かしてくれた。
　じつは中刑事は初動捜査の時点で、高校時代の同級生から、トモミ、ナナコ、真奈の三人がつるんでいたことを聞き知っていた。つるんでいたと言っても、真奈はトモミとナナコと同列ではなく、はた目にはまるで奴隷のように扱われているように見えたらしい。
　真奈は何か知っているかもしれないと中刑事が本人に話を聞きに行ったところ、ふたりとは高校を卒業して以来会っていない、の一点張り。また、事件当夜は、アパートの自室で寝ていたという。
　このアリバイは実証できなかった。
　一人暮らしだから、アリバイがないのも当たり前と言えば当たり前だ。
　中刑事がふたりの死を告げると、哀しがる様子もなく、そういえばトモミと一緒に暮らしていた彼氏はどうしましたか、と訊いたという。
　会っていないと言ったが連絡を取っているのかと聞くと、ええまあ時々、などと曖昧な事を言う。
『変だな、って思いつつも、中刑事はそのときはそれで帰ってきたらしいアル』
　帰ってきて、娘と他愛無い電話をし、それをきっかけに思い出したのがもれいびのことだった。
　あるいは真奈はもれいびではないのか。だから我々の網にかからないのではないか。
　そんなひらめきが刑事の頭上に灯った。
　と同時に、真奈がアツヒロのことを聞いて来たのが妙に気にかかった。
　……もしかして、真奈はアツヒロも？
　確証はなにもなかった。
　なにもかも仮定にすぎない。
　だから捜査本部のほうには言えなかった。そのかわり中刑事はＲ＆Ｒの扉を叩いたわけだ。

　真奈は現在、実家からは独立し、木天蓼市で一人暮らしをしながら、寝子島の清掃会社に勤めている。
　それを聞くとリサがすぐに楠真奈の最近の写真を見つけて送ってきた。
　勤める清掃会社のホームページに載っていた集合写真だ。
　社屋を背景にして並ぶ社員たち。真奈は、最奥の列でうつむき加減で立っている。
　その写真を見る限り、『華菜子』と真奈は、外見上はどう考えても別人だと思われた。
　真奈は相変わらずのあばた顔で、中肉中背。動画の中のどの『華菜子』とも、似ていない。

「次に証明すべきは、『華菜子』は楠真奈なのか、だねー」
　飛鳥が問いを立てる。すると、ここまで黙って聞いていたすばるが、口に咥えた竹輪をパイプのように人差し指と中指で挟んで一息、こう答えた。
「そんなのは簡単じゃないか。『華菜子』は変身しても首筋のほくろが変わらないんだろう？　だったら、楠真奈のご家族にでも電話して、こう聞いてみればいい。『恐れ入りますが、お宅のお嬢さんの首には三つならびのほくろがありませんか？』ってね」