マッチョ売りの少女｜リアクション

マッチョ売りの少女

「お願いです、マッチョを、このマッチョなマッチを買ってください！」

　少女の声に反応して、御巫時子は夜空から寝子島駅前へと舞い降りた。
少女の様子からすると、どうやら困っているようだと判断した時子は
そっと少女に近づき、こんばんはと声をかけた。
「こんなに遅くにマッチ売りをされてるなんて大変でしょう。
私に２箱、いただけますか？」
　時子の申し出に少女は顔を輝かせ、ありがとうございます、と礼を述べながら
代金を受け取って、時子にマッチをふたつ手渡した。
華奢な見た目のわりに、マッチを２つ買った時子に驚いたのだろう。
少女が時子に、マッチョ、お好きなんですか？と問いかける。
「運動は苦手ですが体力をつけたいので最近スポーツジムに通うようになりました。
走ったり泳いだりしてますね。……１週間に１回ぐらいですけど」
　照れたようにはにかむ時子は、ふと思い立ったように、
手にしたふたつのマッチ箱のうちの片方を少女に差し出した。
「良ければ、一緒に擦ってみませんか？
プロテインや日焼けサロンなど、詳しくはないのですが、興味はあります」
　少女は時子の提案に頷くと、礼を言って差し出されたマッチ箱を手に取った。
2人で一緒にマッチを擦る。
軽い音を立てて炎が灯るとみるみるうちに視界がぼやけ、
気づけば時子は見慣れた自室にいた。
どうやら帰宅したばかりのようだ。
まずは着替えようとカバンを置いて服を脱いだ時子は、自分の体の変化に驚いた。
カモシカのような脚！引き締まった二の腕！そして6つに割れたお腹！
体の線はよりシャープに引き締まり、心なしか肌も健康的な色に焼けている。
察するに、どうやらトレーニング帰りのようだ。
カバンの中にはジムで着ていたと思われるトレーニングウエアが入っていた。
「日焼けサロンに行くと、こんなに黒くなるんですね……」
　この姿で知り合いに会っても気づかれないかもしれない、とちょっと面白くなってきて笑ってしまう。
ふと違和感を感じ、時子は部屋を見回した。
確かに全体は見慣れた自分の部屋なのだが、よく見ればあちこちに筋トレ用とおぼしき器具が置いてある。
見たことがあるものから使い方がわからないものまで様々だが、
どれに触れてみようか迷っているうちにマッチの火が弱くなってきている。
とりあえず、手近にあったダンベルを手に取ってみた。
いつもの時子なら片手で持ち上げようにも持ち上がらないか、
持ち上がったとしても腕が震えてしまいそうな重量のダンベルが
まるで小鳥の羽か何かのように、いともたやすく持ち上がる。
さらに、棚には何種類ものプロテインドリンク。
試しにひとつ手に取って口にしてみると、意外にも甘い味が口の中に広がった。
「プロテインって美味しいですね…」
　時子が飲み終えたドリンクの瓶を片付けた所でちょうどよくマッチの火が消え、
気がつくと時子は少女と共に、夜の寝子島駅前に立っていた。
「トレーニングも、ちょっと面白そうですね。
興味が出てきちゃいました。
……そうだ、今度一緒にトレーニング、しませんか？
スポーツジムでもいいし、ランニングもいいですね。
冬は炬燵の誘惑によく負けるので、あなたがいれば心強いです」
　普段、トレーニング等はあまりしない時子だ。
ひとりでトレーニングするよりも、ふたりで挑戦した方がきっと長続きする。
少女は時子の申し出に、ありがとう、機会があればよろしくお願いします、と微笑んだのだった。