マッチョ売りの少女｜リアクション

マッチョ売りの少女

「お願いです、マッチョを、このマッチョなマッチを買ってください！」

「マッチョなマッチって何それネーミングセンス素敵！」
　少女の声に、振り返ったのは志波武道だ。
下宿への帰宅途中だろうか、肩にかけたメッセンジャーバッグが揺れている。
武道がマッチョなマッチに興味を示したとみるや、少女は武道に近づき、
マッチョなマッチをひと箱差し出した。
「良ければ、おひとついかがですか」
「う～ん、君も困ってるみたいだし、ネタ的にも気になるし……おいくら？」
　少女が答えた金額は、そう高くもない。
肩にかけたバッグの中から財布を取り出し、
武道は少女からマッチョなマッチをひとつ買ってみた。
箱には、小麦色に焼けた肌を惜しげもなく晒すマッシヴな男性の絵が描かれている。
受け取って、一本試しに擦ってみると、
しゅっ、と小気味の良い音を立ててマッチに火が灯る。
ふと、揺れる小さな光が突如輝きを増したように感じられ始めた。
「うぉっまぶしっ！」
　思わず目を細めてしまった武道だが、
その細くなった視界の中にぼんやりとした人影を見た。
今の今まで目の前にいた少女よりも一回りも二回りも大きな影だ。
腕も太腿も、胸板だって、ゆうに武道の三倍はありそうな鍛え抜かれた体躯。
影は一人ではない。三人、いや四人。光の中でポージングするあれは……
「ボディビルダーの方々だ……！」
　気づけば武道の目の前には、ボディビルダーが数人並んでポーズを決めていた。
鍛え抜かれ磨き抜かれた至高の肉体が織りなす筋肉美のハーモニーに
武道は瞬きさえも忘れて見入ってしまう。
（何という肉体美！何という自信にあふれた筋肉！
マッスルポーズ、そうまさにこれは一種の芸術だ！！）
　輝く瞳で武道が彼らを眺めていたせいだろうか、
気づけばボディビルダーの皆様は武道に近づき、
ニイちゃんの筋肉も将来有望じゃねえかと言わんばかりの笑顔で武道を眺めていた。
武道は厚い胸板の高鳴りを抑えながら、意を決してボディビルダーの皆様との歓談を試みる。
「あの、その筋肉は」
　どのようにしてお鍛えになったのですか！と
尋ねようとした武道の目の前から、唐突にボディビルダーの皆様が姿を消した。
マッチの火が消えたのだ。
「ハッ！！俺は今何を……？」
　見渡せど、そこにはいつもの夜の寝子島駅前の景色が広がるばかりだ。
怪訝な表情をしながらも、武道は手にしたマッチの箱を見つめ、
再度一本のマッチを手に取った。
今の超常現象の再確認したい気持ちが半分。
単に愉快な光景をもう一度味わいたい気持ちが半分。
一本目を擦った時よりも逸る気持ちを抑えながら武道は二本目のマッチを擦った。
しゅっ、と軽い音を立てたマッチが発する光は、
今度はぎらぎらと照り付ける夏の日差しを武道に思い起こさせる。
　きらめく青い海、輝く白い砂浜、照り付ける太陽と、打ち寄せる波の音……
きゃっきゃとはしゃぐ声に振り返れば、そこでは複数の海水浴客がサマースポーツに興じていた。
男女ともに見とれるほどの健康的なプロポーションを小さな面積の布で覆っただけの水着姿だ！
小麦色にやけた肌に映える笑顔、筋肉！　はじけるプロテイン、そして筋肉！
光り輝くオイル、さらに筋肉！　加えてブーメラン水着！
思わず見惚れてしまう武道のもとに、
ビーチバレーに興じていた一団の一人が放ったスパイクが飛んでくる。
ボールが顔面に当たると感じて、無意識に目を閉じた瞬間、真夏の夢は海の泡と消えたのだった。
　ハッ、と我に返った武道の目の前には相変わらずマッチョなマッチをて売りしている少女。
武道は少女に駆け寄って、コレ、面白いからもいっこ買いまっす！と告げた。
君も何かいいプロテイン買えるといいな、とさわやかな笑顔を向けて去っていく武道の背に、
少女はありがとうございますと声をかけた。

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