マッチョ売りの少女｜リアクション

マッチョ売りの少女

「お願いです、マッチョを、このマッチョなマッチを買ってください！」

　プロテイン代にも困る、と話す少女に、
思わず感情移入して少し涙ぐんでしまったのは藤堂月乃だった。
「プロテイン、大切だよね……！！」
　小柄なその体格からはおよそ想像もつかない力でがっしりと少女の両手を握り、
月乃は少女に頼まれるままに、マッチを購入したのだった。
頑張ってね、と応援してくれる月乃に励まされた少女は、
また道行く人にマッチを買ってくれるように頼みはじめる。
一方月乃は、寮に戻ってさっそくマッチの効果を体験することにした。
きちんと消火用に水を入れた器も準備し、いざ！
　しゅっ、と軽い音を立ててマッチを擦れば、月乃の目の前に儚げな炎が現れ、
だんだんと月乃の意識は揺らめく炎に浸食されていく……
　気づけば、月乃は見知らぬトレーニングジムに立っていた。
とても豪華で、設備が整った清潔なトレーニングジムだ。
普段は猫鳴館付近でトレーニングをすることが多い月乃は、
見慣れないが理想の詰まったトレーニングジムの姿に興奮を隠せない。
「すっ……ごぉい」
　夢見るような口調で独り言ちて、月乃は各種トレーニング機器の間を歩き回る。
やわらかすぎず硬すぎもしない床は広く、
体格の良いボディビルダーやアスリートが来ても余裕ですれ違えそうだ。
各種マシンは複数台用意してあり、よほどのことがない限りは
マシンの空きを待って待ちぼうけを食らう心配もないように思える。
「こんなトレーニングジム、一度来てみたかったのよね」
　まさに夢にまで見た設備にうっとりと見惚れる月乃だったが、
ふと、ジムの壁が一面の鏡張りになっていることに気が付いた。
鏡の中には、気のせいか普段見ているよりも引き締まり、逞しくなったように思える自分。
思い立って着ていたトレーニングウェアのTシャツの裾をまくってみると、
そこには綺麗に割れた腹筋があった。
憧れのシックスパックだ！
よく見れば、腕も、腿も、しなやかな筋肉が盛り上がっていた。
「すごい！　素敵！！」
　試しにポーズでもとってみようと鏡を見ながら腕を持ち上げた途端、
今の今まで目の前にあった鏡はおろか、最新のトレーニング機器さえ姿を消し
目の前に広がるのは見慣れた猫鳴館の自室。
月乃はぺろりと服を捲って自分のおなかを見下ろすが、
そこには白くなだらかないつもの自分のお腹があるばかりで
先ほどのような美しいシックスパックとは程遠い。
腕も、腿も、見慣れた姿に戻っていた。
「ああ……儚い幻だったなあ……」
　溜息混じりのボヤキは、火の消えたマッチの軸が入った器の水を少しだけ揺らした。
「でも、これが今の私だものね」
　気を取り直したように月乃は顔を上げた。
幻の中、鏡に映っていた美しい肉体の自分を記憶に刻みつける。
「まだまだ成長途中で身体は未完成のはず。
きっと、これから筋トレを頑張り、ちゃんと腹筋も使っていけば、
憧れのシックスパックも夢ではない、はず…！」
　両手をぐっと握りしめ、月乃は決意を新たにする。
落ち込んでいてはだめだ。健全なる精神は健全なる身体に宿る！
「楽しく前向きに健康的に鍛えていけるように頑張ろう！」
　そう決意して、美しい理想の肉体に近づくため、
月乃は夜の町に走り込みに出るためトレーニングウェアに着替えるのだった。

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