マッチョ売りの少女｜リアクション

マッチョ売りの少女

「お願いです、マッチョを、このマッチョなマッチを買ってください！」

「マッチョ！？」
　次に少女の声に食い気味に足を止めたのは椿美咲紀だ。
掛け算（意味深）が得意な美咲紀からしてみれば、
マッチョと言われて思い浮かぶのは一つ。
イケメン細マッチョなお兄さんだ。
まあ何てハレンチなものを売っているのでしょうけしからんもっとやれと
美咲紀がドキドキしながら少女の方へと近寄れば、
かごの中にはマッチがズラリと並んでいた。
「マッチョというから何を売っているのかと思ったけど、マッチなのですかぁ。
でも、最近マッチあまり見かけないので、お試しでひとつ買ってみましょう」
　少女に硬貨を渡し、手渡されたマッチの小箱に視線を落とした。
そこに描かれていたのは、しなやかな筋肉が美しい細マッチョのイケメン。
彼を一目見た瞬間から美咲紀はマッチョなマッチに創作意欲を刺激され
脳内でめくるめく燃える……いや、萌えるストーリーが展開されていた。
　（筋肉というと細マッチョなイケメンお兄さんとか。
とても良いですね素晴らしいですね。
それが２人で筋トレとかしちゃったりして……）
　美咲紀の脳内では、筋肉が付きにくい体質のお兄さんが、
細マッチョなイケメンに足を抑えてもらいながら筋トレをする様子が展開されていた。
イケメンはスパダリ属性のようで、
もちろん汗をかいたとき用の着替えもちゃんと二人分用意してあり
疲れ切ったお兄さんに汗を拭くタオルと
水分補給用のドリンクを差し出してくれちゃったりする様子が
まるで今見てきたかのように鮮明に脳裏をよぎった。
（刀持って模擬戦でも良いのですです。
素晴らしく、萌えますね！
この場合近接武器だとより素晴らしいのです）
　先ほどの二人が、今度は近接に特化した、
小太刀のような武器を手にして睨み合っている姿が浮かぶ。
二人は良き友人でありながら同時に良き好敵手でもあるので、
きっと模擬戦といえども一切手は抜かないのだ。
鍔迫り合いのさなか、お互いの鼻が触れ合いそうな距離で睨みあう二人。
そして、小太刀で切り裂かれた服の隙間から彼らが激しく動くたびに
ところどころ露わになる上腕二頭筋！三角筋！大胸筋！僧帽筋！
（きゃう～～んなのですです！）
　昂る気持ちを抑えきれず、拳を握って叫び声を堪える美咲紀。
更に妄想は留まるところを知らない。
（特にお兄様は複数人いなくちゃなりません！　俺様、穏和、腹黒、生真面目！
可愛らしいショタっ子もいいですね！　
可愛らしい中にも、無駄のない、洗練された筋肉で素晴らしい動きを！
猫のように無駄のない動き！あぁん素晴らしいのです……）
　うっとりする美咲紀に、少女があの、と声をかけると、
美咲紀ははっと我に返って少女を見た。
「ご、ごめんなさい私ったらついぼーっとしちゃって！
このマッチ、とっても素敵だと思います。たくさん買ってもらえるといいですね！」
　それだけ少女に伝えると、美咲紀はマッチの箱をまるで宝物のように胸に押し当て
羽でも生えたかのような軽やかな足取りでその場を去って行った。
……ところで、皆さまお気づきだろうか。
美咲紀は、ここまで一度も購入したマッチを擦っていないのである。
つまり、ここまでのマッチョなイケメンは全て、
彼女がマッチ箱に貼られたラベルから受けたインスピレーションなのである。
　帰宅すれば、今の妄想を書きとめる作業が待っている！
　掛け算マスター美咲紀の夜はこれからだ！

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