あの日あの時。ぼくは笑顔を失っていた。その理由は………………｜リアクション

あの日あの時。ぼくは笑顔を失っていた。その理由は………………

　５　

　１２月のある日。
　窓から注がれる日の光が、布団に包まる真境名アリサの顔を照らす。彼女の様子を見た人は、誰もが彼女がのんびりと休日を楽しんでいるように思うだろう。しかし、彼女はぼんやりと物思いに耽っていた。布団の中にいても、その気持ちよさには浸ってはいない。ただ、気が緩んでいたのは確かだろう。
「いま……もしあの時のこと謝ったら、あの子、あたしのことを許してくれるかな……？」
　誰にも自分を装わなくていい空間で、アリサはぽつりとつぶやいた。
　今年の年末年始は、２年ぶりに沖縄に帰省する。
（もし彼女に再会したら……）
　謝りたい。けれど、ちゃんと謝れるだろうか。
　忘れられないことがある。今も、心の微かな傷として疼いている。
　あれは、本当に誤解――いや、自分の勘違いと互いの記憶違いとが引き起こしたことだった。

∞

「ねえ、あれそろそろ返してくれないかな」
「えっ？」
　――高校２年の３学期が始まって間もないある日。
　アリサはあの子にそう言った。あの子は、何を言っているのかわからない、という顔でアリサを見た。
　あれ、とは、お気に入りのアクセサリーのことだ。一目見た時に惚れてしまい、だが、高校生には少し高すぎる値段のそれを、夏休み中バイトして購入したのだ。
「返したよ？」
「返してもらってないよ。もしかして、失くした？」
「失くしてないよ！　アリサの机の中に入れたってば」
「机の中？　……入ってなかったけど……」
　机の中は既に開けて見ていたけれど、アクセサリーは入っていなかった。
「えっ？」
　あの子は驚いた顔をした。それが、戸惑いの表情に変わる。
「なかった……？　でも、私……」
「勘違いじゃないのかな。まだどこかに持ってるとか？」
「ううん……、そんな……」
　あの子は俯いてしまった。気まずい沈黙が教室に流れる。他の生徒達も、２人のやりとりに注目してしまっている。そんな状況下でも、アリサの怒りは募るばかりだった。
「やっぱり失くしたのね！　苦労して買ったのに……。返してよ！！」
「…………」
　あの子が委縮するのがわかった。でも、もう止まらない。
「返してくれるまで、許さないから！」
「待てよアリサ、落ち着いて……」
　当時付き合っていた彼氏が、見かねて宥めに来ても、だめだった。
「だって……！！」

　――あの子とはそれ以来、互いに避けるようになり、殆ど目も合わさなかった。
　でも、実は……それから数日後、あの子の言っていた机の中からアクセサリーは見つかったのだ。
　記憶が蘇った。
『机の中に入れたから』――
　始業式の日、彼女に確かにそう言われた。けれど、ちょうど新年早々日直で、先生に呼ばれていた自分は適当に生返事してそのまま忘れてしまったのだ。

∞

（……あの時、すぐに謝ればよかった）
　布団の中で、アリサは身を丸める。
　ゴミみたいなプライドが、謝るという行為を許してはくれなかった。
　もし彼女に会ったら――逃げ出さずにあの時のことを謝ろう。