あの日あの時。ぼくは笑顔を失っていた。その理由は………………｜リアクション

あの日あの時。ぼくは笑顔を失っていた。その理由は………………

　１０　

　中学３年の、７月の話。
　雨が降っていても、空気は蒸し暑かった。天気に関わらず、蝉は喧しく鳴いている。天気予報は雨のち晴れだったが、屋敷野梢が火葬場に着いた時、空は晴れる気配を見せていなかった。むしろ天候は悪化して、篠突く雨が降っている。
　涙なのか雨なのか、もしくは両方か。
　傘もささずに、梢は雨に打たれていた。
（今は、煙も出ないんですね……）

　火葬炉は、しんと静かだ。あの中で、『君』が焼かれているとは思えない程に。
　お月さまな『君』が空に昇っていくのを見送ることもできない。
　その中で、梢は佇んでいた。
『君』のことで泣いたのは、初めてのことではない。
（心の何処かで、諦めていたんでしょうね……）
　――現実に押しつぶされそうになって、耐えて、耐えて。
　――やっと家に帰って。
　――部屋の中に入ると同時に涙があふれたことだってあった。
（でも、悲しいのは、君が死んだことなんかじゃないです）
　悲しいのは、ひとりぼっちだった自分を、温めてくれる人がいなくなったこと。
　こんな雨の中でも、傘をさしてくれる人がただひとりとしていないということ。
「この涙は、君のためじゃない……だなんて」
　火葬炉に向かってだろうか、自分に向かってだろうか。梢は思う。
　――私は嘘が好きです。
　――特に、優しい嘘が好きです。
　――真実なんて、殆どが悲しいものだったから。
　――もう、こんな気持ちはこりごりなんです。
“大切な人を失う”――
　人間が生きている上で、決して珍しいことではない。これからも、大切な人ができる度に失うのだろうか。
（もし、私の心も愛情も、全部嘘だったなら……傷つかずに、失わずにいられたのでしょうか）
　煙の昇らない空に向けて、梢は言う。
「私は、優しい嘘が好きなんです。最後まで信じていられる、優しい嘘が」
　だから。
　本当の言葉や私は全部扉の奥に閉じ込めて。
　作った笑顔で。
　今日から嘘をつきましょう。

「……今日は、寒いですね」

∞

　現在残る心の闇の、一番深い部分。
　１年と５ヶ月が経った今も、それは続いている。
　優しい嘘と言いながら、その実、現在は一番自分を傷つけている。嘘を吐きすぎて、わからなくなってもきている。
（今の私は、どれが本当の気持ちなのかわからないです。ただ、苦しんでいる本当の私がいることは感じます……）
　雨の中、傘もささずに。
　火葬場の前で、梢は思う。
　あの時とは違う、身を切るような寒さの中で。

　傘を差し伸べてくれる人は、誰もいなかった。

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