あの日あの時。ぼくは笑顔を失っていた。その理由は………………｜リアクション

あの日あの時。ぼくは笑顔を失っていた。その理由は………………

　３

「手品を子供達に見せる役を引き受けたんだ」
「ふぅん、それで？」
　ある日のこと、入江みつびは奴に頼みごとをされた。
「急用で行けないから、行ってくれないかな？」
「は？　自分で行きなよ」
　気が進まなかった。手品など、特に自分には向いてない。いきなりそんなことを言われても、やりたくはない。それが、『手品』というなら尚更だ。みつびは、自分の手が小さいことにコンプレックスを持っていた。戸を閉めたり物を取ったりボタン押したりを足でしてしまうのも、その為だ。
「かわいい手だねー」とかよく言われるが、うれしくない。手が小さくて得することはない、と思う。
　ギターのコードはおさえにくい。
「手品だって、タネひとつすら隠せないんだよ。隠そうとすると、余計に演技に集中できないし。不自然になっちゃうし」
　だから自分には、この頼み事は不向きだ。これでわかったでしょ？　と奴の顔を見るが、彼は引く気はなさそうだった。
「手が小さくても胸が大きいから帳消しだろ」
　気にするなと慰めているつもりなのかもしれないが、無神経である。それと、セクハラである。
「あはは、おもしろいジョークね」
　みつびは奴に蹴りを入れた。腹に蹴りを食らった奴は、バランスを崩して尻もちをついた。笑顔で怒りながら彼を見下ろす。
「胸大きくたって、ギターひいたり手品したりでき……あ、カードくらいなら隠せるか？」
「そ、そうそう」
　ここぞと同意し、奴はこくこくと頷く。
「……いや、そんなエロいショーみたいなのやりたくないよ」
　思い直したみつびは、先ほどより更に不機嫌になって頬を膨らませた。
「今回のは児童養護施設の慰問だからキャンセルできないんだよ」
「私に言われても知らないよ」
　少しばかり揺らいだが、引き受けたくないという気持ちは変わらない。
「その立派な大きい手でトランプ３０デックでもパームして見せればいいじゃん。私はダメだよ。パームまるバレがオチだよ」
「ブリッジサイズのカードを使え」
「え？」
　ブリッジサイズとは、普通より小さいカードのことである。
「やだよ。そんなハンデもらったみたいな気分になるもん」
「自分のプライドより、見る人の気持ちになれ」
「は？　なにそれ私が悪いの？」
「…………」
　２人の間に、多少険悪な空気が流れる。
「なんであんたの尻拭いに私がプライドすてて小さいカードで……」
　にらみ合うことしばらく。
　みつびは、力を抜いて溜め息を吐いた。
「……いいよわかったよ。あんたが頼むんだからよっぽどのことでしょ」
「よかった！　ありがとう」
　奴はほっとした顔で礼を言った。受けたからには、もうみつびに迷いはない。
「ブリッジサイズのカードで最高のマジックを見せて、次もあんたじゃなくて私がいいって言われてきてあげるよ」
　頼りがいのある笑顔で、みつびは彼にウィンクした。

　やるからにはしっかりとした手品をやりたい。みつびは、カードを手になじませるために徹底的に練習した。
　そして当日――
「え？」
「着ぐるみでやってください」
　彼女は、依頼主にそう言われた。
「着ぐるみ？　聞いてないけど……」
「でも、そういう依頼ですから……」
　即答され、みつびは閉口する。あんのやろう、と思わず内心で毒づいた。
（手が小さいとか以前の問題じゃないのー）
　仕方なく、かまぼこの着ぐるみ姿で子供達の前に出る。