【記士郎と子どもたち】

　天動 記士郎は特別に器用というわけでも、絵が上手いわけでもありません。どちらかというと、自分ではヘタクソだと思っているくらいです。
　すこーし、不安はありました……けれどここまでに読み上げられた絵本の数々や、目の前の子どもたち、明るい太陽のような笑顔を見ていたら。何だか、そんなのは些細なことだと思えて、勇気が湧いてくるようです。
「『くもさん、もくもく』」
　子どもたちを怖がらせないように、と目を細めて、にこにこ。意識して声を張り、記士郎はページをめくります。
「『あるところに、いちにち中おそらをながめている、男の子がいました。男の子が、ぷかぷかうかぶ白いくもを見上げると、それはおいしそうなケーキにみえたり、とんでいくひこうきにみえたり。さかなをくわえた、ねこにみえたり……くもは、その日のきぶんで、いろんなかたちに見えてきて、いつまでながめていてもあきません』　……さあ、みなさんなら、この雲は何に見えますか？」
　ページは厚手の段ボール製。鮮やか、一面真っ青に塗った空へと、ぷかぷか、雲がたなびいています。雲は一見、様々なものに見えるような曖昧な形で、それだけに子どもたちからは、
「くるまー」
「さっかーぼーる？」
「マンボウくん！」
　元気いっぱい、実にいろんな意見が飛び出しました。記士郎はそれらの答え、ひとつひとつへ丁寧にうなずいてから、
「『じつは、男の子には、ふしぎな力があるのです。男の子が、くもさん、もくもく～！　ととなえると……なんと！　くもは、男の子が見たいとおもっているものに、みるみるかたちをかえてしまいました！』」
　ページをめくると、ぷかぷか。男の子が、もくもく～！　ととなえるたびに、それは美味しそうなチョココロネになったり、家で飼っている犬のペロになったり、いつも着ているお気に入りのセーターになったり。
「『男の子は、どんどん、どんどん、くものかたちをかえていきます。くもさん、もくもく～』」
　そうして最後に、青い空の上、浮かんでいる優しげな顔は、おじいさんの顔。
「『男の子がいちばん見たかったのは、だいすきな、おじいちゃんのおかおだったのでした。おじいちゃんくもは、にこにこわらって、男の子をみまもっています』　そう、くもさんも空から、みんなを眺めているんですね」
　ぱたん、と絵本を閉じると、記士郎はますます目を細めて、優しい微笑を浮かべながらに、子どもたちへ言いました。
「みんなも、時々お空を見上げて、『くもさん、もくもく～』！　って唱えてみてくださいね。くもさんはきっと、みんなの見たいものに変わってくれるでしょう」
　この絵本が、子どもたちが自由な想像力を育む、そのきっかけになってくれますように……そんな風に願いながら。



【麗仁と子どもたち】

　天之川 麗仁が絵本の表紙を掲げてタイトルを読み上げますと、ぐぐっ！　子どもたちは身を乗り出して、興味津々です。
　何しろその名も、『ねこじまクエスト』！
「さあ、読むよ。『まおうにしはいされてしまったねこじまをすくい、とらわれのお姫さまをたすけるため、でんせつのゆうしゃはなかまとともに、いま、たびだつのであった……！』」
　お話はシンプル、良くある王道ストーリー。テーマは勇気と希望、そして友情！
　ただ、それに加えて子どもたちの目を惹いたのは、クレヨンで描かれた、あたたかみのある牧歌的な絵柄の、猫たち！　そう、勇者もお姫様も、冒険に送り出してくれた王様も、守るべき街の人々も、みーんな猫！　麗仁もそれほど絵心には自信がありませんでしたけれど、これが何とも、可愛らしいのです。
「『まおうのしろをめざすゆうしゃのまえには、けわしいみちやたかい山、ふかいどうくつ、そしてたくさんのおそろしいモンスターたちがたちはだかる。しかし、ゆうしゃはどんなかいぶつがやってこようとも、くじけない！』『みんな！　ドンドンいこうぜ！』」
　セリフはもちろん、演劇部員たる麗仁のこと。しっかりと感情を込めて、熱演！　始める前は少し心配もありましたけれど、子どもたちの食いつきに、俄然やる気もみなぎります。
　勇ましくもにゃあにゃあ、にゃあと可愛らしい猫勇者たちは、病気の村猫のために、薬草を手に入れてあげたり。高い塔を登って、伝説の武器を手に入れたり。自分たちの何十倍もありそうな巨大なドラゴンに立ち向かい、これを見事に撃破してみせたり……勇猛果敢、快進撃！
「ゆーしゃ、つよーい！」
「あっ、おひめさまだ！」
　いかめしい魔王城の小さな窓から物憂げに空を見上げて、ぽろぽろと涙をこぼすのは、猫のお姫さま。そんなシーンを見せられては、見守る子どもたちの小さな握りこぶしにも、力が入ろうというものです。
　やがて物語はクライマックスを迎え、勇者パーティＶＳ魔王の、最終決戦！
「『こしゃくなゆうしゃめ、このまおうさまが、おまえたちをくらいつくしてくれるわ！』」
「『まけるものか！　いくぞ、まおう！』」
　ががあん、どががががーん！　なんて効果音も交えつつ、ラストバトルも大盛り上がり！
　やがて、勇者は見事に、魔王を撃破。救い出したお姫さまを抱きかかえ、お城へ凱旋……ハッピーエンド！
「『ありがとう、ゆうしゃさま！』『ゆうしゃはお姫さまとけっこんし、あたらしい王さまとなって、しあわせにくらしたのでした』　おわり。みんな、聞いてくれてありがとう」
　ぱちぱちぱちぱち！　大きな拍手とともに閉じられた絵本は、厚紙を重ねて、ホチキスと製本テープで閉じただけの、シンプルな作りではありました……けれど子どもたちにとっては、胸躍る冒険がぎゅっと詰まった、素敵な一冊になったことでしょう。