＜月華＞月昂崩落　―捧げられた姫―｜リアクション

＜月華＞月昂崩落　―捧げられた姫―

………＊

　――３０分ほど前・冥晶宮前方。

　炎が舞い上がり、冷気とぶつかって湯気を立てる。そんな中、サキリ・デイジーカッターの連撃が、赤い残像を残して襲い掛かる。燈耶はそれらを捌き、炎を纏った蹴りを放つ。
　音もなく、蒼白い光が走り、燈耶の頬をかすめ凍らせる。白鋼の一撃に、燈耶は舌打ちしつつ身構えなおした。
　サキリと白鋼が燈耶を押さえる事で魔物の陽動がしやすくなっていた。相変わらず優木遥斗のろっこんで風が巻き起こり、誘導された魔物は新田亮や御剣刀、尾鎌蛇那伊によって退治される。だが、魔物の動きに無駄がない。
（……魔物の統率がとれてる辺りそつないわよね。休みなくあの２人が相手している筈なのに、疲れないのかしら？）
　蛇那伊は魔物に蹴りを放ちながらそんな事を思い、冥晶宮の方を見やる。武道たちは遥斗たちのお陰で比較的魔物の少ない場所を駆け抜けることができた。それだけではない。仙藤紫が用意したスマホの懐中電灯アプリや夏神零が持つ槍のお陰もあるのだろう。また、華夜も炎を操って魔物を牽制してくれていた。
「きりがない。だが、ひとまずは……」
「あぁ、そうだな」
　遥斗と刀が背中合わせになって頷きあう。亮もまた派手に爆竹を鳴らして気を逸らし、その間にボールを回収しつつバットを振るった。
「魔物の数は、減っているわね」
「燈耶はサキリと白鋼が押さえ続けている。この調子ならば……」
　蛇那伊と亮はここが踏ん張りどころだ、と笑い合って更に気合を入れる。だが、その中で遥斗はなんとなく違和感を覚えていた。
（手加減、されている……？　いや、気のせい、か？）
　遥斗の表情が僅かに険しくなる。だが、魔物はまだ沢山居るのだ。彼は深く深呼吸した後、もう一度竹刀を振るって風を巻き起こした。

「甘いわ」
　敵の動きを冷静に観察していた紫は、彼女に襲い掛かってきた魔物を棍棒で滅多打ちにした。か弱い印象があったのか、油断したようだ。
　魔物を聖水で追い払った八神修は物陰に隠れながら見取り図を思い出す。
「目的の場所まであと少しだな。……見取り図によれば右に生活区がある。そこから出るのがいいだろう」
「この騒ぎだ。潜入にはもってこいだね。幸い、みんなががんばってくれている。……いこう！」
　武道の言葉に頷き、零は槍を手に魔物を払う。だが、この時。ふと燈耶と目が合った。彼は僅かに笑っているような気がした。
（……まさか）
　零は嫌な予感がし、槍を強く握り締める。
「振り向かず走れ。潜入せねば」
　零の言葉に全員が頷き、静かに冥晶宮へと進入していった。

　燈耶の視界を塞ぐようにサキリは動き、白鋼がナイフを振るう。燈耶は２人の攻撃に僅かに苛立っているようだった。
「ちょこまかと……」
　燈耶は三度炎を飛ばして攻撃する。だが、サキリはろっこん『斬空赤刃』で避け、懐へと潜り込む。
（刹弦に捕まった時、僕は皆のお陰で感情を取り戻すことが出来た。今度は僕が……！）
　サキリがナイフを振るい、燈耶が対抗しようと炎を巻き上げる。白鋼の拳をソレで跳ね返すと彼は何処からともなく札を取り出し、弾丸のような速さで飛ばして攻撃してくる。
「流石に、影の貴人だけあり油断も隙もない」
「いや、最初よりも動作が僅かに大きくなっている。僕がかまをかけて顔を引きつかせたときから。うん、やっぱりあの人でビンゴだったんだ」
　白鋼が苦笑している横でサキリが呟く。彼はナイフを手に持ったまま、小さく笑う。
「燈耶。きみは、紅緒と華夜を知っているんだよね？」
　サキリの言葉に、燈耶は思いっきり泣きそうな顔になる。同時に、サキリの脳裏が真っ白になった。

　見覚えのある庭園で、サキリは一組の男女を見た。
　１人は華夜。もう１人は燈耶である。燈耶は頬を赤くしながらも、鳥を指に乗せて華夜へと見せていた。
「華夜様……」
　燈耶が話しかけたものの、華夜は上の空で別のほうを見ていた。視線の先には書類を運ぶ紅緒の姿があった。
　僅かに潤んだ瞳をした華夜は、ちらりと燈耶を見る。そして、僅かに表情を曇らせた。燈耶の手から鳥が飛び立つ。彼は一歩踏み出すと華夜へともう一度声をかける。
「華夜様、私は」
「ごめんなさい。私、面白みの無い殿方に興味はないの。勿論、貴方にもね」
　華夜は僅かに瞳を細め、小さく哂う。燈耶はその一言に呆然となり、華夜はくすくす笑って通り過ぎる。
「兄様の顔を立てる為に、貴方と見合したのです。それだけの義理ですわ」
　それだけ言うと、華夜は立ち去る。燈耶はがくり、と膝を付き……。

「サキリ殿！」