ストリーミング・ドリーマー｜リアクション

ストリーミング・ドリーマー

　ベッドサイドで焚いた香のかおりに心安らぐ事は無く、身を固くした宮祀智瑜は就寝しようというタイミングだと言うのに盛大に緊張しているようだ。射干玉の瞳を隠した白い瞼はぴくりと揺れる。
（本当に見れるのかな？）
　遠足に行く前の小学生の様に身じろいで、風の噂の『夢見の香』を試してみると智瑜が望んだのは数学教師・桐島義弘の夢の中。

　重たい瞼を押し上げて、部屋の中を見回す智瑜は本当にこれは夢なのかと確かめる様に見回した。
　背を向けた義弘の背中を見つけ、ゆっくりと歩み寄る彼女は数学に関係する夢ではないのだと首を傾げた。
　数学を愛し、数値的な論理を展開する真面目な先生。
　夢の中でも数式と戯れているのではと考えていた智瑜は小さく息を飲んだ。
「せ、せんせ――……」

　思わず転びそうになった智瑜の視界には見た事のある少女の姿。
　義弘の机に忍ばせてあった宝――人気漫画（週刊少年にゃんぷ連載中）に登場する女性キャラクターであることを咄嗟に理解した智瑜はぐるぐると考えを巡らせる。
　二段目に仕舞われた破廉恥で実用性たっぷり（手首の痛みが緩和される）のソレは噂に聞くに誤解を生むものだ。現に一人の少女が誤解を抱き義弘に懸念の瞳を向けているではないか。
「先生の理想の女性？　……てことはライバル！？」
　はっとしたような表情で女性キャラクターの抱き枕を凝視する智瑜にようやく気付いたのか顔面蒼白の義弘は「宮祀！？」と大袈裟なリアクションを見せる。
　射干玉の瞳は戸惑いの色を映し出す。今まで女性キャラクターの顔だけ見詰めていた智瑜だったが、視線はゆっくりと抱き枕の下へと移り――「せ、せんせ、い」と細切れに言葉を吐き出すのみだ。
　キャラクター物の抱き枕は少しばかり際どいデザインが多い。それを女生徒に凝視されるのだ。堪ったものではないのだろう。
「ま、待て。宮祀。これは」
「せ、先生のえっち！　何言われても説得力がありませんよ……！」
　ふい、と顔を逸らした智瑜の考えはぐるぐると廻る。
（もしかして先生は『肌蹴てるセクシー系が好き』なのかも……？）
　拗ね返った女生徒に慌てて弁解する数学教師と言う奇天烈な状況に発破をかける様に智瑜が頬を染めながらボタンへと手を掛ける。
「先生が肌蹴てる方が好きなのなら……私だって……」
「は、早まるんじゃない！」
　危うい女生徒に制止を掛けた義弘の眼鏡がきらりと煌めいた。桐島先生、威厳も何もない状況だ。
　一方で、制止された側の智瑜はまたも頬を膨らませる。どうしてそのキャラクターが好きなのかと詰め寄る様子は授業中よりも熱心かもしれなかった。
「外見？　中身？　好きになったきっかけはなんですか？　どうして好きなんですか？」
「か、彼女のスタイルは数学的にも完璧で、その、あのだな……」
　早口で捲し立てる智瑜に義弘はしどろもどろな返答を返す。抱えたままの抱き枕に皺が寄りあられもない風貌に変化しつつあるキャラクターにむっとしたように智瑜は走り寄った。
「先生、私もぎゅってしてください！」
　おっぱいの大きさも変わらない筈――とそこまで言った所で抱きつく前にばたり、と身体がベットから落ちる。
　夢から醒めたのだと気付いた時、ぼふりと顔の上に落ちた枕に埋めたまま悶絶した。
（せ、先生が今朝の夢を憶えてたらどうしよう―――！！？）

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