ストリーミング・ドリーマー｜リアクション

ストリーミング・ドリーマー

　重い瞼を押し上げれば、夢の中なのだと実感した。柔らかな布団ではない固いコンクリートの床にぺたりと触れた八神修は胡桃色のカラーコンタクト越しに周囲を見回した。
「ここは……？」
　放課後の図書館は、普段から修が七夜あおいと共に訪れる場所だった。
　結い上げたブラウンの髪がひょこりと揺れ「修くん！」と手を振るあおいは机の上に宿題を広げている。
　椅子に腰かけて、参考書を取り出す修は日常通りの夢に二人らしいのだろうかと小さく笑みを零した。

「あれ？　あおい、それは？」
「これ？　修君を待ってる時に偶々見つけたんだよ。不思議な感じがするでしょ？」
　古びた装丁は魔道書と呼ぶにふさわしい風格を湛えている。空色の瞳を細めて一緒に読もうよ、と笑いかけたあおいに修は宿題を机の隅に押しやり小さく頷いた。
　本を開けば、瞬きの合間に輝きが漏れだしてゆく――きらり、きらりと溢れ出す光の粒子が飲み込む様に視界を覆う。
　妙な浮遊感に襲われて息を飲んだ修の前に落ちてくるあおいが「見て！　飛んでるよ！」と笑みを零す。
　煌めく星屑の中を往く二人乗りの舟へと降りてくるあおいの手をとって、ゆっくりと着地を促す修は小さく頷いた。
「不思議な場所だね。修君の方が先に来てたの？」
「いや、俺も今来たところだよ」
　ゆっくりと進む舟に揺られながら星の川へと掌を浸したあおいが「夢かな」とぽつりと呟いた。
　制服のスカートを抑え、吹いた風を受けたあおいの横顔に修は「どうかな」と困り顔で小さく返した。
「修君がいると宮殿だって顔パスなんだね」
「俺はあおいの魔法使いだから、気づいたらパーティだって始まるんだよ」
　本当だ、と楽しげに笑ったあおいの装いが制服姿から艶やかなドレスへと変わり往く。舞踏会の会場へとその外観を変えてゆく世界に合わせ、タキシードに変わった衣服を確認して修はあおいを手招いた。
　テーブルの上に置かれた食事を見回すあおいの背中に「この前もあおいが夢に出てきたんだよ」と呟いた。
「勝手に夢に見てゴメン。けど、夢って止めようが無くてさ……」
「いい夢だった？」
　出演料は高いよ、と冗句めかして笑ったあおいの言葉に修は「出演料は何がいい？」と笑みを零す。
　可愛らしい見た目と反して、男前のあおいは小さな事を気にしない性質なのだろう。
　いい夢でしょうと誇るように言う彼女が愛らしくて。
　あおいは、この夢を覚えていてくれるのだろうか……？
　修は幾度も考える。
　何度だって夢に見る。想い人の姿を。
　あおいが笑う。
　あおいが困る。
　あおいが、修君と呼ぶ声を。
　現実では言い辛い事も夢だと思えば言えるからか。満たされたいと心の底で考えているからか。
「修君。また難しい事を考えてるの？　ねえ、踊らない？」
　手を差し伸べてダンスホールへ誘う彼女の笑顔には考えだって溶けてゆく。
　今は夢。現実世界は何時も通りが広がっている筈だ。唇からついて出た思いはワルツの音色に攫われた。

「好きだよ、あおい――」

　ふ、と目を覚ませば何時も通りの天井が広がっている。机上に飾ったあおいとの写真へと手を伸ばし修は小さく息をつく。
　時計の針は何時も通りの起床時間を差している。
　眠たげに小さく欠伸を噛み殺しながら、あおいは今頃、何をしているだろうかとぼんやりと考えた。

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