パーフェクトワールドⅠ ～音楽教師は白亜の鳥籠に眠る～｜リアクション

パーフェクトワールドⅠ ～音楽教師は白亜の鳥籠に眠る～

　一方、こちらはお菓子の森近く、煌めく宝石のオブジェの影。
　大きすぎるサファイアに背を預けて座り込み、骨削瓢はストロベリーソーダ色の空を見上げた。
「やれ、ここはまっこと、前に駄烏が見せた夢の国に似ているねぇ」
　まるで桃源郷だと、瓢はへらりと口元に弧を描く。
　夢想したのだ。この世界がガラガラと音を立てて崩壊したら、それはどんなにか愉快な喜劇だろう。
　自分と同じようにこの世界に迷い込んだ者もいるようだと把握し、すぐに行動を始めた瓢。
　その姿を誰にも見られぬよう、物影に身を隠しながら瓢は情報を収集していた。
　と言っても己で試行錯誤を繰り返したわけではなく、他の来訪者のことを密か観察していたのだ。
　特にこの森の入り口での、恵御納夏朝たちの話を聴けたのは幸いだった。
「さてさて、どうやらこの世界は、あっしらを歓迎してはくれないようだねぇ」
　まあどちらでもいいかと瓢がひとりごちた、その時である。
　白いふかふかとした毛玉が、瓢の目の前へとちょこちょこと寄ってきた。
　愛らしく小首を傾げる毛玉へと、瓢はにぃと笑みを向けてみせる。
「ひひっ、可愛らしいねぇ。ほら、もっと近くにおいで」
　瓢が手を広げれば、毛玉は嬉しそうにその手に擦り寄って――、
「ギ」
　人の手の温もりに触れるよりも早くに、瓢がもう片方の手に握っていた枝きれにその身を貫かれた。
　ぐちゅ、と決して心地の良くない感触が枝越しに伝ったが、瓢の口元を飾る笑みが曇ることはない。
　毛玉の死骸が突き刺さった木の枝を、瓢はめちゃくちゃな指揮でもするように楽しげに振った。
「さぁて、おたくにはあっしの役に立ってもらうよぃ。ああ、安心しておくれ」
　――１匹限りで逝かせるような可哀想な真似はしないから。
　物言わぬ亡骸にどこか弾む声で語り掛けて、瓢は死んだ毛玉の山を作り上げていく。
　まるで、見つけた面白いおもちゃを収集するみたいな、そんな調子で。そして。

「――さて、そろそろ始めようかい」
　口元にはニヤニヤ笑いを貼り付けたままで、瓢は毛玉を串刺しにした枝を幾つか手に取る。
　そうして、オブジェの影に生える宝石を思わせる植物から木苺に似た実を摘み取った。
「ほぅら、よく燃えておくれよぃ」
　投げ捨てた実の元へと、自分は枝のもう一方の先を握って毛玉を近づける。
　――ドォン。
　話に聞いていた通りにルビー色の実は爆発し、そしてその折に生じる熱は、
「く、ひひ……いいねぇ」
　毛玉に引火して、瓢の意図した通りにメラメラと燃え上がった。
　殺した他の毛玉たちと合わせれば、その輝きはより一層明るくなる。
「この炎を草木に燃え移らせれば――森も、生物も、あの樹も、全て火の海の中だ」
　その様子を想像して、瓢はうっとりと目を細めた。
　それはどんなにか、心躍る風景だろう。
　瓢は、燃え上がる手製の松明を手にお菓子の森へと歩み寄った。
　そして――松明を、微塵の躊躇もなく草木の中へと投げ入れる。
　間もなくして、上がり始めるは細い黒煙。
　菓子を焦がしてしまった時のような臭いが、瓢の鼻先をぷんとくすぐった。
　風は、瓢にとっては折が良いことに世界樹に向かって吹いている。
　じきに、炎は森を焼き払い、世界樹にまで迫るだろう。
　そう思わせるほどの勢いで、炎はそれ自体が瓢と同じ意思を宿した生き物のように燃え広がっていく。
「あの樹がいくら頑丈だったとしても、山火事レベルの『普通の炎』にまで平気とはいくまい、ってねぇ」
　言って、瓢は笑った。声を引き攣らせて、高らかに笑った。
「桃源郷から一転煉獄に。ああ、格別風流な話じゃないか！」
　森が片端から燃える、燃える、燃えていく。
　消し炭となり崩れていく森の前で腹を折ってけらけらと笑う瓢を、炎が鮮やかに照らし出していた。