寝子島怪異録（白影黒影編）｜リアクション

寝子島怪異録（白影黒影編）

　木天蓼大学のキャンパスに城山水樹はいた。用事を済ませた足で構内を歩いている。行く先々で人々の目を否応なく引き寄せた。
　水樹の背は高い。均整の取れた身体は遠目にもわかる。妖艶に近い美形で服装も目立つ。鮮やかな緋色のニットワンピースに黒のロングブーツを履いていた。匂い立つような女性の雰囲気を周囲に振り撒く。
　きびきびとした動作で建物を回り込んだ。冬が身近に感じられる大気の中を歩く。視線がすっと真横に流れた。
　黒い影が通り過ぎたような。猫かしら？
「ま、猫なんて珍しくないんだけどね」
　さっさと歩いて中庭に出た。辺りは閑散としていた。水樹は陽の光を全身に浴びて思いきり伸びをした。青い空に自然と表情が緩む。
　そこに不意打ちの咳払い。首を竦めた状態で後ろを見ると、値踏みするような目付きをした教授が立っていた。
「こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「まあ、そうだな」
　教授は笑みを深めた。水樹の胸をゆっくりと眼で舐め回す。
「教授は忙しそうなので失礼します」
「まだ時間はあるが。そうそう、すっかり忘れていたよ。キミの単位のことなんだがね。どうも講義の態度がよろしくない。もう少し素直な態度を取った方がいいのではないかな」
「……それは、どういう意味でしょうか」
「まあ、詳しい話は私の研究室でしようじゃないか。まだ時間はあるからね」
　陰湿な笑いで教授は背中を向けた。振り返らずに歩き出す。

　研究室の椅子に座った教授は足を組んだ。前に立たせた水樹の全身に視線を這わせる。
「キミのその服装はなんだ？」
「ニットワンピースですが」
　もじもじとしながらささやかな反論を試みる。すると教授は嘆かわしいという素振りで頭を振った。
「それが学生に相応しい服装なのかね。胸や尻を露骨に強調した格好は裸と同じだ。それとも何かね。キミは大学に男でも漁りに来ているのか？」
「そ、そんなつもりは、ありません……」
　涙声で否定する。少し足が覚束ない。全身が細かく震えていた。その様子はとても可憐で教授は組んでいた足を解いた。
「なんだか、急に胸が苦しくなって。胸を握って貰えれば……」
　自身の胸を軽く握った。指の間から柔らかい膨らみが食み出る。教授は目を離せなくなり、いいとも、と上ずった声で答えた。
　水樹は教授に身体を寄せる。甘えたような仕草で相手の手を自身の胸に導いた。
「こ、これでいいのか？」
「はい、だいぶ楽になりました。ですが、もう少し強くお願いします」
　教授の手に力が入る。直後に水樹は表情を作った。隠し持っていたスマートフォンがシャッター音を響かせる。
「な、なにを！？」
　教授は慌てて手を引っ込めた。水樹は研究室の奥に駆け込んで窓を開け放つ。外に向かって悲鳴を上げた。教授に乱暴されている現場を自らの声で作り出す。
「や、やめないか！　完全なでっち上げだ！」
「黙ってろ、ゲス野郎が。こっちには証拠があるんだよ！」
　悪い人相で笑うと、スマートフォンで写した一枚を見せ付けた。画面には教授に胸を掴まれた水樹が怯えた様子で撮られていた。
「ま、まだだ。画像さえ消してしまえば」
「そりゃ、無理だ。さっき大学にメールを送った。もちろん画像を添付してな」
　その言葉に教授は力尽きた。椅子に座ったまま、がっくりと首を折る。
　水樹は平然とした顔で扉へと向かう。最後に嘲るような顔を向けた。
「セクハラ、パワハラ、アカハラを今まで好き放題してきたんだ。諦めるんだな」
　親指で首を掻っ切る真似をして水樹は颯爽と出ていった。

　後日、大学の掲示板に教授の解雇の知らせが貼り付けられた。

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