【大晦日】旧市街の夜と朝｜リアクション

【大晦日】旧市街の夜と朝

【庚、クラスメイトの店へ蕎麦を食べに行く】

「おう、ジジイか？　おう俺だよ俺……ぁあ？！　俺に決まってんだろ。詐欺に引っかかるほど耄碌してねぇだろうが」
　猫鳴館の一部屋で、電話越しに聞こえてくるボケに突っ込み返しながら、如月庚はふーっと息を吐いた。
　あんなことを言えるくらいなら、まだまだ現役だろう。
「——ぉお、そのうち帰るわ。じゃあな」
　通話終了のボタンを押して、育ての親である祖父との他愛のない会話を終える。
　年の終わりにするべき義理——挨拶はした。
　年明けの挨拶は、明日か明後日かに横須賀に帰郷した折でいいだろう。
「さて……」
　膝を掌でグッと押して立ち上がり、来年になるまでの数時間をどう過ごすか考える。
　——生まれて初めて見知らぬ土地で迎える大晦日——。
　そんな言葉が頭に浮かんで、庚は一人にっと白い歯を見せてかぶりを振った。
　寝子島高校に一年間所属した庚にとって、この寝子島は勝手知ったる場所なのだ。
「そんじゃま……大晦日となると、蕎麦だな」
　その蕎麦がどこへ行けば食べられるか。庚はもうよく知っていた。

＊　＊　＊

　旧市街の蕎麦屋『すすきの』。
「うーす」
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませナノ！」
　ぶっきらぼうな挨拶を聞いて出迎えた声は、やはり庚の知っているものだった。
　店は年越しそばを食べる為の客たちで混み合っている。座席に案内されるまでの時間をメニュー表を見て潰した。
　定番の品ももちろんあるが、『年越し蕎麦セット』の文字がひときわ目を引いている。
（『掛け蕎麦、餡掛け湯豆腐、手毬寿司』……あー）
　この日の特別、大晦日の贅沢、そう考えると庚も悩んでしまったが、結局座席について出てきたのは、いつものそれだ。
「鴨南蛮蕎麦……大盛りで」

　しばらくして蕎麦を運んできてくれたのは、クラスメイトの薄野五月だった。彼女はこの店の長女なのだ。
「ぉお、蕎麦姉。妹共々元気かよ」
「元気だよ、ありがとね」
「そらなによりだ……まぁ、なんだ……今年は世話んなった……ってことにしておけ」

　しゃべる途中で恥ずかしさが溢れてきて妙な挨拶になってしまったものの、五月は快い相槌をくれた。
　庚は「気にするな、社交辞令ってヤツだよ」と頰をかいて簡素に結ぶ。大晦日で忙しそうにしているところを、いつまでも引き止めてはいけない。
「どうぞごゆっくり」と店員らしく丁寧に挨拶して仕事に戻った彼女を、少しの間見ていた。
　接客用の笑顔を絶やさない姿は、いつもクラスで見るローテンションでマイペースな彼女と少し違って見えて、なんとなく不思議な心地になる。
「来年もよろしくネ！」
　後ろからぽんと肩を叩かれて驚いて振り返ると、同じくクラスメイトの御薗井Ｅセレッソが、ひらりと手を振って仕事へ戻っていった。
（手伝いしてんのか……）
　もう聞いているかわからないが、「良いお年を」と律儀に声をかける。
　同世代が頑張っていると思うと、改めて感謝の気持ちが湧いてきて、庚は蕎麦へ向かって丁寧に合掌した。
「いただきます」

　食べ終わる頃には、店も比較的スローペースになっていた。
　途中挨拶を交わしたクラスメイトの畑中華菜子や浮舟久雨も、もう大分前に店を出ている。
　きっと皆今頃、神社へお参りにでも行ってるのだろう。そんな風に考えながら椅子の上で入口を振り返り、いよいよ最後の一口だ。
「ごっそさん」
　またも律儀に合掌して、ひと心地してから席を立つ。
（あー……やっぱうめぇわ此処の鴨南……）
　会計を担当してくれたのは、やはり五月だった。
「お味は如何でしたか？」
　儀礼的な質問に対して、少しの間考えて、庚は客として最良の答えを返した。
「締めくくりに相応しいっつーかな……いいもん食わせてもらったわ」
「有難う」と答える五月の顔は、いつものクラスメイトそれだ。それにどこか安心しながら、庚もクラスメイトとして返した。
「そんじゃあな蕎麦姉、妹。つーか蕎麦一家。よいお年を
　来年も、宜しくな」