【大晦日】旧市街の夜と朝｜リアクション

【大晦日】旧市街の夜と朝

【紀伸、或いは『彼女』　新たな年を迎える】

　久須部紀伸の大晦日は、初日の出を待つ間に一年を振り返るのが恒例だった。
　正確には１２時を過ぎて新年を迎えてしまっているが、そこはそことして細かい事は気にしない。
　色々な出来事を思い起こし、整理する事が、仕事の気分転換にもなるのだから——。
　そんな訳で彼は今年も、慣れた様子でカイロを貼りつけた上にコートを着込み、マフラーや手袋の他に耳当てまでした防寒装備で出かけ、ロープウェイに乗り込んだ。
　目指すは九夜山山頂の展望台である。

＊　＊　＊

　階段を登りきり、展望室——と言っても実際は吹きっさらしだ——にたどり着くと、風は一層強くなる。
　冷たさを吹き付けられた紀伸は、マフラーを顎の方まで摘み上げながら、一度展望室の様子を見回した。
「……ふむ」
　なかなかの人入りだ。
　一年に一度きりの機会だし、自分と同じような考えの者が多いのも頷ける。下界の喧騒に比べて、展望台は俗世から切り離されたように静粛たる雰囲気で、考え事にはもってこいだ。
（カップルがロマンチックなひと時を過ごすのにもかな？）
　若い男女が睦まじく横並びになる隣を抜けて、紀伸はピラミッド型のベンチの中で、上の方の席に深く腰掛けた。
　そうしてぼんやりと一年を遡り始める。

（——今年はなかなか有意義でした）
　誰かに伝えるのなら一番の話題は、制作を協力した映画の封切りだろうが、個人的にエキサイティングな出来事として心に残っているのは、『何かと幽霊と縁があったこと』だ。
（ふふふ、生きていて良かったと久々に思いました）
　紀伸はオカルト現象の愛好者で、ホラージャンルをメインとしたイラストレーターを生業としている。クリーチャーのデザインが得意で、怪奇的なものを写実的なタッチで美しく描くのが、彼なのだ。
　だから『そういう世界』と触れ合う出来事を、恐ろしいと忌避せずに、むしろ「これは大きな収穫です！」と喜んで受け止めていた。
（あの世の様子など聞ければ、仕事が大いに捗るのですが……）
　当然のこととして分かっている一方で、それはやるべきではない、と紀伸は考える。
　——人には知り得ない事だからこそ、興味が惹かれて想像が膨らむ。その方が楽しいと思う性質なのだ。きっと今後も確かめようとはしないだろう。
　あの世を想像するのは、生きている自分に出来る特別な権利だ。
　ただ願わくは——、紀伸は遠くを見つめ、ここではないどこかへ思いを馳せた。
（去っていった人々が、安らかで居られる場所であって欲しいものです）

　さて、そうして『振り返り』が終わった丁度その頃に、初日の出が始まった。
　山の上で拝むご来光の眩しさに目を細めて、紀伸は息を長く吐き出す。自然の力は人の想像を超え、紀伸が焦がれる世界を思わせる。心が洗われる光景だ。
（また来年、ここで見るために、一年頑張るとしましょう）
　紀伸は一年の誓いを新たに、膝に力を入れて立ち上がると、トントンと階段を降りていった。
　そして丁度階段を下りきった時だ。
　ガサガサッと、近くの植栽が音を立てた。
　周りにいる人々は、それが風が通ったと気にも留めずに居るが、紀伸だけは一人口角を上げ、ひそめた声でこう言った。