【大晦日】旧市街の夜と朝｜リアクション

【大晦日】旧市街の夜と朝

【深夜子、お参りへ行く】

「ふぁ〜……ぁ」
　事務職で凝り固まっている身体をぐっと伸ばして、三夜深夜子は行く先を仰ぎ見る。
　提灯と夜店の明かりが続く通りは「どこからこんなに」と思うほど、大勢の人に埋め尽くされていた。だが今日はこのくらい活気があった方がハリがあって良い。
（さあ、年末くらいはのんびりとするわよ！）
　今年最後の一日——大晦日。
　日々忙殺されている社会人でも今日は休みの日。深夜子はゆったりと、お参りをして過ごすつもりなのだ。
　
　激しい人混みは、ゆっくり歩いて行こうと思っていた深夜子にはかえって丁度良かった。
　普段は雑貨屋や洋服店が立ち並ぶ商店街は、今は右も左も飲食の夜店ばかりで、そこかしこから良い匂いが漂ってくる。
　香ばしさや甘さを感じていると、晩御飯を控えめにして隙間を開けてきた腹は、すぐに戦闘態勢に入った。
（たこ焼き、焼きそば、お好み焼き……うーん迷う！）
　初めに思いついた店はどれも似たジャンルの食べ物だった。
　ここでいつもなら一つを選ぶ——勿論、選ばなければ太ってしまうからである——ところだったが、今日くらい自分を甘やかしてもいいだろう。言い咎める人もいないのだし。
（ええい、色々買っちゃえ！）
　背中の後ろにしていた手を密かにぐっと握ると、深夜子の切れ長の目が人知れずぎらりと輝いた。

＊　＊　＊

「あー……食べ過ぎたわ」
　空になったプラスチック容器を重ねてゴミ箱へ捨てながら、改めて満足した息を吐く。
　最初に思いついた三つの他にも、飲食店は目移りする数があった。しつこさが欲しくて揚げ物から唐揚げを選び、口直しにきゅうりの一本漬け、甘いものは定番のチョコバナナ。
　かき氷にも惹かれたが、この寒さでは流石に手は伸びなかった。
　帰りに飴細工と人形焼も持って帰ってもいいかもしれない。そんなことを思いながら、神社に向かって流れる列に加わった。
　５００円玉はすでに飲食スペースで財布から出して、ポケットの中に準備済みだ。
　進むのが遅いお陰で、心の準備が出来る。
　清廉な気持ちで自分の番を迎え、深夜子は満を持して賽銭を入れ、鈴を鳴らした。
　二礼二拍手。
（今年も１年、幸せな年になりますように……）
　敬虔な気持ちで感謝の祈りを捧げ、そして——。
（そして、今年こそは素敵な出会いとかを……！）
　切実な願いが混ざってしまった。

　流れ作業のように押し出された境内で、深夜子は頂いた甘酒を両手で包みながら、狼狽でぶるぶると震えていた。
（どうしよう、邪念混じったかも！？）
　失敗したことを後悔して、なんとか拭い去れないかと眉を寄せてみる。
　除夜の鐘が思い浮かんだが、神社に梵鐘は無い。
　ううんと唸っても答えが出てこないことに諦めて、甘酒を一口、喉を潤した。
「くぅ～……あたたかさが染み入るわ……！」
　今の深夜子に必要なものがこの甘酒には入っていたのかもしれない。切り替えた頭で周囲を見ると、数分前まで持っていた清廉な気持ちが蘇ってきた。
　
　——他の方々の願いも、叶いますように。

　空になったカップをゴミ箱へ。煩悩はあってもそんな丁寧さは失わないのが彼女だ。
　深夜子はトントンと階段を下りながら、ふっと境内を振り返った。その一瞬、彼女の顔に浮かんでいた柔らかい笑みが、失敗を思い出して真顔になる。
（……帰りにお守りやおみくじ、買っていこうかしら？）