【大晦日】旧市街の夜と朝｜リアクション

【大晦日】旧市街の夜と朝

【七星、新年に誓う】

　——また新しい一年を、つつがなく過ごせますように。

　天満七星はそんな誓いを胸に、参道商店街の夜店通りを歩きながら、神社を目指していた。
（毎年のことですけれど、お店がたくさん出て賑やかですわね）
　漂ってきた香ばしい匂いにくんっと鼻をひくつかせ、七星は微笑ましいものを見るように笑顔になる。
　大和撫子という言葉が似合う七星だ。普段は買い食いなどはしなかったが、今日のような日ばかりは例外である。
　輪ゴムを引っ掛けた手首を持ち上げて、持っていた綿菓子の袋を改めて見た。そこにはポップな絵柄の猫のキャラクター——サンマの着ぐるみを被っているのは果たしてキャラクターイメージとして良いのだろうか——が描かれている。
　七星はそのキャラクターをよく知らないが、可愛いと思ったのだ。
　夜店にはこうして心が弾む魔力がある。焼きそばやお好み焼きも、家で食べるのと違って、特別なスパイスを感じられる。
（いつもよりとっても美味しいのは、なぜなのでしょうか。つい食べてしまいますわ）
　ソースを丁寧に拭ったあとの唇は、にっこりと笑顔だ。

　さて、あちこちにある誘惑に負けっぱなしでは良くない。
　お好み焼きでお腹をいっぱいにした七星は、気を引き締めて神社を目指した。
　途中、雨宮草太郎校長とと永田孝文教諭と樋口弥生教諭の三人と出くわして、挨拶の声をかける。
「皆様、和服がお似合いですね」
「もう着慣れてしまったからかな」と、永田教諭が薄く微笑む。
「普段は少し変わってみえるくらいだけれど、この日ばかりは大手を振って歩けるのがいいわ」
　樋口教諭が裾を持ち上げる仕草に、雨宮校長が何かを考え込むような顔だ。
「私も和服が似合うお爺さんを目指そうかな？」
「あら、校長先生はその服が一番お似合いですよ」
「確かに蝶ネクタイとサスペンダーが無い雨宮校長先生は考えられない」
「そうですね」と、七星も笑った。

＊　＊　＊

　三人の教諭と別れると、七星は神社の境内まできた。
　きちんと作法に則って神前へ進み出ると、ゆっくりと二礼二拍手をする。
（いつもありがとうございます）心を込めながら、旧い年を送り、新しい年へ誓いを立てた。
　その後は境内で配られている甘酒を頂く。
「どうぞ」神社の巫女——神楽舞——へ、丁寧に頭を下げて返した。　
「あたたかくて、ほっとする甘さで。私、甘酒好きですの」
　舞はこくんと頷いただけだったが、下がった目尻で七星に答えた。
　七星はそれから混み合う場から離れると、甘酒を一口、空を仰ぐ。
（初日の出はここから見られるかしら？）
　新しい年へかける願いは、もう決まっていた。

　——今年も平和でありますように。
　その平和のために、島の安全のために、自分も力を出したい。和を脅かす脅威があるのなら、全力で守り通したいと七星は思った。
（だから、神様。私にもう少しだけ、力をください）
　静かに目を閉じて、どこかで見守ってくれているであろう存在へ言葉を心に紡ぐ。
　この平和への願いと誓いを伝えようと、七星は両手を胸に静かに一年の終わりを迎えた。
（私は、私と皆様を守り続けようとおもいます）