【大晦日】旧市街の夜と朝｜リアクション

【大晦日】旧市街の夜と朝

【結と甫、共に初日の出を迎える】

　彼女の長い髪の明るい色も溶け込む程の夜更けだった。
　直前まで強く感じていた眠気は、千堂結の満面の笑みを見れば簡単に吹き飛んでしまう。
「明けましておめでとう、今年もよろしくな」
　他愛もない新年の挨拶は、鵙海甫にとって決意を秘めた大事なものだった。
　——今年はもっと結と仲良くなりたい。
　未だ『友人』の距離を縮めようと思う彼の心を知ってかしらずか、結は期待できらきらしている瞳で甫を見つめている。
「寒いねー！」
　結がこすり合わせている掌をじっと見て、甫は意を決した。
「行こうぜ」
　そう言って差し出した彼の手に、結が驚く一瞬すらもどかしい。仲良くすると決めた以上、男らしくリードしなければと、甫は思い切って結の手を上から握りしめる。
「……あ」
　片手と両手ではバランスが悪い。「悪い」と甫が慌ててを引っ込めようとすると、結は赤くなりながらも片手を差し出した。
「こっちの手でいい？」
　浮かんでいる笑みは、戸惑いを誤魔化す為ではなく、喜びを多分に含んでいる。

　頂上展望台は、おそらくいつもより人出が多いのだろうと甫は周囲をぐるりと見回しながら思う。何しろここを訪れるのは初めてだったので、推測でしかない。
「越してきたばかりで、まだ知らない場所がたくさんあるからな」
「そうだね」と言う結に「結だって同じだろう」と返すと、今度は笑顔を深くした同じ返事がきた。
「色々と行けたらいいな、２人ならきっと楽しい」
　甫が含めた意図を受け取ってくれたのか、三度目の「そうだね」は視線を遠くに投げて。
　展望台のライティングに照らされた彼女の横顔がうっすら赤く見えることに気づいて、甫もまた夜景を眺める。
　ベンチの上で触れ合うか触れないかの距離がもどかしい。
「寒くないか、大丈夫？」
「うん。鵙海くんは？」
「俺は全然平気、この前看病してもらったから１年は風邪ひかないと思う」
　と言いながらも「ああ、でもまた来てくれるなら風邪引くのも悪くねえな」と付け足してしまう甫だ。結はコロコロと楽しそうに笑っていた。
　否、待ち合わせ場所で会った時からずっと、彼女は幸せそうに微笑んでいる。
　——これが自分の勘違いでないのなら。
　期待がかなう時がくるなら、（このまま俺の肩に彼女が頭を預けてくれたら……）と言う妄想も、現実になるのだろう。
「私、今までは家族と過ごしてきたけど、今年は違うね……。友達と過ごす大晦日って、初めてなんだ」
　——それは『特別』だと思っていいのか？　甫は質問をする代わりに、最後の１センチ縮め、彼女の細い指に自分の指を重ね合わせた。
　嫌がりはしないだろうかと早鐘を打つ心臓は、結の「ね、鵙海くん」と小さな呼びかけで跳ね上がる。弾かれたように見た彼女の顔は昇りはじめた朝日に照らされ、輝いて見えた。
　結の薄い色の瞳は光を取り込んで、一層美しく見える。
　——綺麗な目だと思うな。彼女がコンプレックスにしている事だから、軽々しく口には出せなかったが、ストレートな感情は重ねた掌の熱が伝えてくれた。
「ありがとう、私とお友達になってくれて。
　私ね、凄く嬉しいんだ。こうして一緒に過ごせる友達がいるって事が。鵙海くんといっぱい過ごせて、もっともっと嬉しかった。
　だから、ありがとっ。来年もよろしくね！」
　気持ちを伝えてから気恥ずかしくなって、結は「なんて、えへへ」と笑い出す。
「本当に今年も宜しくな」
「うん！」
　会話はそこで途切れ、二人は並んで同じ景色を見つめた。
「綺麗～……。なんだか感動しちゃう、生では初めてみた。ふふ、なんか初めてだらけ」
　隣に聞こえる笑い声をいつまでも聞いていたいと思う。——甫の胸にあるのは、密かな達成感だ。
　重なった掌を、握り合ういつかは、そう遠くはないのかもしれない。

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