【大晦日】旧市街の夜と朝｜リアクション

【大晦日】旧市街の夜と朝

【五月とセレッソ、すすきので働く】

　蕎麦屋『すすきの』は、旧市街は参道商店街にある手打ち蕎麦屋である。
　和風の店内には出汁と天麩羅の香りが混ざって漂い、席に座って最初に目にする品書きは毛筆で書かれた、蕎麦屋らしい蕎麦屋だ。

　旧市街の住民のみならず、夜店通りや神社へ参拝する人々が多く訪れる大晦日の今日、この店は２５時まで営業予定だ。
　店が開店する１８時の少し前の事。店の戸口ではこんな歌が響いていた。

「あなたのそばに蕎麦屋すすきのーすすきのー」
　
　すすきのの長女、薄野五月がぼんやり歌っている声を遠くから拾って、彼女のクラスメイトが目を細めて足を早める。
「五月チャン、チャオチャオ！」
　視界に飛び込んできた御薗井Ｅセレッソの見事な赤毛に、五月もまた笑顔になる。

　そして一時間後——。

「大晦日限定のメニューもあるノます！　でもいつものお蕎麦もとても美味しいノ……です！」
　セレッソの言葉は、彼女自身が懸念していた通り、接客をするには大分怪しいところがあったが、かえってそれが良いよいだった。
　彼女に対応された客たちは、楽しげに笑顔を浮かべているし、
「ワタシのおすすめはテマリズシっていうの。とっってもキレーで素敵ナノ！！」と、きらきらほわほわしながら言うもんだから、限定メニューもどんどん注文してくれた。
「やあ、お手伝いに来て下さって、とても大助かりですー、ふっふ」
　五月が厨房でそう話していると——丁度ピークになって手が足りず、そちらに入っていたのだ——、セレッソがとったばかりの注文を伝えに来た。
「お店凄く忙しいノ！　マンインオンレーってやつだワ！！」
「ありがたい事だね。セレッソさんのお手伝いのお陰で、店もちゃんと回ってるし」
　おじーちゃん——セレッソがそう呼んだのは、おそらく彼女の下宿先の『あまもり質店』の店主の事だろう——は、セレッソが夜に出かける交換条件にすすきのでの手伝いを出したそうだが、お陰で店は非常に助かっていた。
「クラスメイトとか、学校の友達も沢山きてるノ」
　セレッソはそう言いながら、すすきのの制服のエプロンをつまんだ。「えへへー、似合ってるって言われちゃったワ」とはにかむ。
「冬休みだから皆会えて嬉しいノ〜！」
　寝子島高校は冬休みに入っていた。
　寮を併設している寝子高校の生徒はこの時期実家へ帰る者も多く、特に人が減る。毎日顔を合わせている面子と急に疎遠になるものだから、セレッソは寂しさを感じていたのだ。
「今度皆で遊びに行きたいワ！」
「いいね、寒いから屋内がいいかなぁ——」
　五月は会話にのったが、あまりゆっくりしている時間がないのはお互い分かっていた。だから話しは途中で終わりにして、五月の止まっていない手を一瞥したセレッソが提案する。
「五月チャン、ワタシ、洗い物くらいなら出来るノ。手伝おうカシラ？」
「ここは大丈夫、引き続き注文とってくれると助かるかな」
「じゃあ行ってくるノー」

＊　＊　＊

　こうして忙しく働いて、暫くすると休憩の時間になった。
　大分遅くはなったが、周りが気を回してくれたお陰で、二人が同じ時間に夕食を取っていた。
　メニューはもちろん蕎麦だ。
「かき揚げ蕎麦、大好きだワ！」
　セレッソがいそいそとテーブルに置いた丼を一瞥し、五月はそっと飾り切りした蒲鉾をのせた。
「セレッソさん、セレッソさん。来年もよろしくね」
　桜の形は春の香りを一足先にセレッソへ運んでくれた。
　もう数時間で年越しだが、この店の子供でないセレッソがそこまで働くには、少々厳しいだろう。それでもこの優しい友人のために、セレッソは時間が許す限り頑張ろうと気持ちを新たにする。
「五月チャン！　後で初詣に行きましょうネ！」

　五月とセレッソは、年があけた瞬間に新年の挨拶を友人と交わせるだろう事を互いに嬉しく思いながら、並んで蕎麦をすすった。