【大晦日】旧市街の夜と朝｜リアクション

【大晦日】旧市街の夜と朝

【陽太、すすきのへ】

「ふんふーん♪
　あなたのそばにすすきのーすすきのー♪」
　呉井陽太は夜の道を歌いながら歩いていた。ご機嫌でフリフリしている片手には、ビニル袋に包んでもらった飴細工。アルパカの形にしてもらったものだ。
（無理ならりんご飴でも買おうかと思ってたけど、ダメもとで言ってみるもんだなぁ）
　店主のおじさんがアルパカを知っていて良かった。
　陽太は飴細工を改めてしげしげと眺めると、目の前まできた覚えのある店構えに足をぴたりと止めた。この暖簾をくぐったら、きっと活気のある光景が広がるのだろう。そう思いながら足を進めた。
「お久しぶりです、こんばんはーっ」
　

　陽太が目当てにしていたのはもちろん年越し蕎麦だが、蕎麦屋『すすきの』と言えば彼にとって大事な友人もいる。
　この一年世話になったから、大晦日には是非挨拶をしておきたい相手だ。
「おー、五月ちゃん頑張ってるなぁ」
　素人目にはわからないほどテキパキと働く薄野五月を眺めていると、彼女が注文を取りに来てくれた。おそらく陽太に気づいていたのだろう。
「お疲れ様ー、お蕎麦食べに来たよぅ。へへー、年越し蕎麦を一杯下さーい♪」
「ありがとう」同窓生に店でも会える事を、嬉しそうに目を細めて表し、五月は慣れた様子でオーダーをとって下がって行った。
　
　それからあまり時間をおかずに、別の赤毛のアルバイトの少女——彼女も同窓生だ——が、蕎麦を運んで来てくれた。
「ごゆっくりどうぞナノ！」
　彼女が席を離れると、陽太は早速箸をとった。
「いただきまーっす」
　一口すすった途端広がる出汁の味に、思わず「あー」と声を漏らしそうになる。
（やっぱりお蕎麦美味しいわー）
　海老の天麩羅は衣がサクサクしていて歯ごたえがよく、すすきのの手打ち蕎麦にあっていた。次にすくい上げた蒲鉾はネコ型で、いかにも寝子島！　と言った感じで楽しげだ。
　粘土細工や陶芸で可愛いものを作る陽太は、シンパシーを感じる。
　セットの手毬寿司も、餡掛けの湯葉豆腐も当然のように美味しかった。あっと言う間に食べきって、お代わりまでしたくらいだった。

＊　＊　＊

「はぁー、食べた食べた。おなかぽんぽんだわー」
　レジの前でそう言いながら腹をさする陽太に、五月はくすくすと笑いを漏らした。ここまですすきのを堪能してくれると、彼女も嬉しいのだろう。
「美味しいお蕎麦、ありがとー♪　お陰で良い年越しが出来そうだよぅ。
　あ、店主さんにも宜しくね。またお蕎麦食べにきますねーぃ、って」
　陽太のメッセージを確かに受け取っていると、レジのドロワをしまい込んだ彼女の前に、すっとビニル袋が差し出された。
「お土産」
「え？」五月は受け取ったものの、状況を飲み込めずにビニル袋と陽太を交互に見ている。しかし陽太の方は、忙しい時間に長居をするつもりはなかった。
　もう次の客が会計を待っているのだ。
「あの」と言いかけた声を遮るように手を振って、「それじゃ、良いお年をー♪」と彼は扉の向こうへ消えた。